[エキスパート特別対談1] 特例子会社もプロフィットセンターをめざそう

日本で初めて特例子会社が誕生したのが1977年(昭和52年)。そこからいくつかの制度改正を経て、今日に至っています。
特例子会社として先進的に精神障害者や発達障害者の雇用に取り組まれたと同時に、グループ企業のひとつとしての自走体制を確立されたお二人に、当時の苦労話や特例子会社の経営において大切なことなどを語り合っていただきました。
内藤さん:川上さんに初めてお会いしたのは2005年頃だったと思います。当時川上さんが社長を務められていたワールドビジネスサポート(ワールド特例子会社)に、見学に伺ったのが最初のご縁でしたね。そのころの私は東京海上日動火災保険株式会社の経営企画部に所属しておりまして、東京海上で特例子会社を設立できないかと様々な情報収集に走り回っていたころでした。川上さん:そうでしたね。そのとき内藤さんは、これからの特例子会社はいかにあるべきかという視点で情報収集されていたことを鮮明に記憶しています。内藤さん:おっしゃる通りです。当時私は、特例子会社の設立にむけて検討を進めるにあたっては、3つの観点で情報収集を進めていました。1つ目は社会的責任を果たす観点(CSR)、2つめは企業経営の観点(収益性の確保)、そして3つめが当時の言葉でいうノーマライゼーション(働く場所のない障害者への働く場の提供)の観点です。
ワールドビジネスサポートは、ワールドのシェアードサービス部門を分離する形で特例子会社として運営されておられましたので、非常に興味深く見学させていただきましたね。そんな話も振り返りながら、特例子会社の今、そしてこれからの特例子会社についても意見交換していきたいです。
川上さん:よろしくお願いします


障害者雇用の責任を果たすための手段としての特例子会社

川上さん:私が特例子会社の設立準備に携わったのは、2000年頃からだったと記憶しています。当時は特例子会社の数も今ほどは多くなく、兵庫県内に数社あった特例子会社を、ハローワークの方と一緒に見学で廻らせて頂きました。
特例子会社を検討した理由は明確です。企業としていかに法令違反を回避するか、不謹慎な言い方ですが行政指導を回避する手段として特例子会社の設立でした。
内藤さん:これまで設立されてきた特例子会社の多くは、親会社が法定雇用率を充足するための手段としてやむを得ず設立されてきたことは否定できないと思います。そしてそれは今もそれは変わっていないと思います。

1960年に施行された障害者雇用促進法を根拠法とする障害者雇用率制度の存在、これは企業名公表と障害者雇用納付金制度で構成されるわけですが、これらの存在が日本の企業の障害者雇用の動機付けとなっています。残念なことかもしれませんが、この2つがなければ、日本の企業における障害者雇用はここまで進んで来なかったと私は思います。
2018年に公務部門における障害者雇用率のいわゆる水増し問題が明らかになりましたが、企業のような動機付けが無かったからだといって過言ではないと思います。
川上さん:企業はそうはいきません。行政指導を受けるどころか最悪の場合は社名公表されてしまう。これは重大なリスクです。障害者法定雇用率の達成という社会的責任を果たすことは絶対条件なわけです。でないと淘汰されてしまう。共生社会の実現やノーマライゼーションについては、もちろん意識はしていましたが、特例子会社を設立する目的の一番は、やはりコンプライアンス(法令遵守)であり、CSR(企業の社会的責任)であったわけです。内藤さん:そんなお話をうかがうと、私も当時のことを思い出します。私は2004年当時、東京海上日動火災保険株式会社(以下「東京海上」と略す)の経営企画部におりました。今後、企業が障害者雇用を進めていくうえでは、法令遵守はもとより社会的責任(CSR)と今で言うところのESG(環境、社会、ガバナンス)投資なども意識した企業価値向上に貢献していくべきなのではないかと考えていました。

そういったことを意識しますと、就業機会に恵まれていない発達障害のある人を雇用の創出に取り組む。保険会社固有の業務を発達障害のある人の特性に合わせて切り出していく。これらは特例子会社を設立してやっていくという事業プランを作り役員会に諮りました。2005年のことです。
川上さん:2004年当時から企業価値と障害者雇用の関係を意識して検討されておられたのですね。内藤さん:ありがとうございます。自分としては、これでもかというほど入念に準備をしたうえでの役員会への付議だったのですが、「親会社本体が法定雇用率を満たしている状態で特例子会社をつくる必要はないではないか」「特例子会社は障害者と健常者を切り離してしまうのではないか」という理由で、今創設するのではなく、引き続き検討すると言う結論になりました。川上さん:そんなエピソードがあったのですね。それは今日まで全く知りませんでした。
内藤さん:そうなのです。そしてその2年後に、グループ会社の人材派遣会社である株式会社東京海上日動キャリアサービス(以下「キャリアサービス」と略す)に転籍したのですが、キャリアサービスでは、障害者雇用数が相当な割合で法定雇用率に達していませんでした。そこで、2009年に再度、特例子会社の設立を東京海上ホールディングスの役員会に付議する運びになりました。今度は全員一致で了承され、新会社(2010年3月特例子会社認定)を設立するに至ったのです。


特例子会社であってもグループ企業のひとつとして経営する

川上さん:ワールドビジネスサポートは、親会社のワールドからシェアードサービス部門が切り離され、特例子会社としてスタートしましたが、私はそのシェアードサービス部門の責任者を務めていました。その関係で「お前やれ」と言われ、特例子会社の社長に就任しました。設立後も親会社から様々な業務を受託し、数年後には約200人の身体障碍者、知的障害者、そして約400人の一般社員、合わせて約600人の従業員となり、特例子会社として異例の大所帯の組織になりました。内藤さん:600人の会社のトップとは大変なプレッシャーですね。特例子会社で雇用する障害者社員は5~10人前後の少人数からという特例子会社も少なくありませんので。川上さん:ワールドビジネスサポートは、特例子会社として親会社の障害者雇用の責任を果たすことはもちろんですが、同時に、ワールドグループの『シェアードサービスセンターとして徹底した業務の集約、整理を行い、グループ全体の生産性の最大化を実現する』ことも求められました。要はきちんと利益を出すことが求められたのです。内藤さん:当初からそれは織り込み済みだったのですか?川上さん:はいそうです。例えば受託業務の1つとして10,000人を超えるグループ従業員の給与計算を一手に引き受けていましたので、その収支管理をきっちりと行い、採算を確保していくのです。もちろん契約条件は、コストプラス方式で利益が保証されるものではありません。他社にアウトソーシングした場合のコストと厳密に比較されました。シンプルにグループ会社の一つとして組織運営、経営管理を行ってきました。内藤さん:障害者雇用の責任を果たしながら採算をとっていくのは非常に大きな労力を要することも事実です。けれどもそれをスタート段階から実践しておられたと。川上さん:はいそうです。法定雇用率を達成するという親会社への貢献のみをゴールとするのではなく、グループ内の新たな価値創造企業としての一躍を担い、利益貢献にも寄与することを目指していくべきだと思っていたからです。
特例子会社という存在は、親会社やグループ会社の障害者雇用の責任を果たすことが最大の目的であり、コストセンターであることはやむを得ないとの解釈をされがちな面があります。けれども、親会社やグループへの貢献を最大化するという視点からは、プロフィットセンターへのビジョンを持つことが不可欠だと私は思います。初年度からの黒字化は無理でも、3~5年後の黒字転換のロードマップを持たない企業は、それはもはや企業ではなく福祉なのではないでしょうか。
内藤さん:私も川上さんのご意見に賛成します。特例子会社であっても企業としてきちんと利益を確保するべきだと思います。どのように事業展開し、どのように採算をとっていくかという企業経営の視点で特例子会社を考えなければ、親会社への発言権も持てないですし、経営そのものも親会社の業績に左右されてしまいます。川上さん:内藤さんが作られた東京海上ビジネスサポートもまったく同じ考え方でしたよね。内藤さん:はい。東京海上ビジネスサポートは2010年1月の設立ですが、その翌年の2011年4月には東京海上日動オペレーションズと東京海上日動コーポレーションの2社を合併しています。障害者雇用が担う業務サポート事業に加え、印刷・製本、物流、文書保管管理業務、販売促進商品や事務用品の販売等のオフィスサービスを合わせて展開することで事業的な安定性の向上を目指しました。


特例子会社はダイバーシティ&インクルージョンに逆行することなのか

川上さん:現在内藤さんと私は、公益社団法人全国障害者雇用事業所協会の大阪相談コーナーにおいて、障害者雇用のアドバイザーとして多くの企業の障害者雇用の相談に対応しています。なかには、特例子会社を設立したいと相談に来られるご担当者も多くいらっしゃいます。作ってからこんなことじゃなかったと思っても後戻りできない。障害者雇用は特例子会社にやらせておけばよいという風になってしまうと元も子もない。本当に特例子会社でいくのかをよくよく考えてくださいと私もお伝えしています。特例子会社にはよい面もそうでない面もあるのですから。内藤さん:特例子会社には、職場に同じような障害のある同僚がいたり、相談できる相手が身近にいたりするので、一般的には働きやすい環境ですよね。一般の会社では働くことが難しい状況の精神障害、発達障害、知的障害の方の雇用機会が創出されることは特例子会社の良い点だと思います。ただ雇用を創出するだけでは、いわゆる障害者代行ビジネスと一部似通った面もありますので、それだけをもって特例子会社のよい面だと言い切ってはいけないと思います。障害者雇用をどのように社内で定着させ、浸透させるか、あるいは仕事でどのような成果物を生み出して貢献していくかを考えて実践していくところまで求められます。川上さん:ダイバーシティ&インクルージョンの考え方からすれば、障害のある人もない人も同じ職場で働いていくことがあるべき姿です。特例子会社をつくって障害者の人を一つところに集めて雇用することは、ダイバーシティ&インクルージョンの理念に照らすと「囲い込み」「分離」だと言われても反論できませんよね。内藤さん:同じ職場で一緒に働いていくべきだという意見は、きわめて「真っ当な」考え方だと思います。その考え方からすると、特例子会社というのはダイバーシティだけど、ノーインクルージョンだと言えなくもないですね。川上さん:そうなんですよ。そこからが課題なんですよ。本来あるべき姿、「真っ当な考え方」に対して、御社はどこまでコミット(徹底)できますか?できるのであれば、特例子会社をつくる必要はないのですと私もお伝えするんです。
けれども実はそのコミットが相当難しいですよね。同じ職場で障害のある社員と働いていこうとなると、全社員に向けて障害についての理解を深める研修を定期的に何度も行う必要があります。仕事内容についての配慮をする必要もあります。相談窓口などもしっかり整えていかなければなりません。人事制度も変えていかなければなりません。
内藤さん:おっしゃる通りです。障害のある社員に働きやすい環境を整えるためには、それなりの財務的な投資も必要です。たとえば店舗などの現場ではハード的な面も含めて就業環境を整えていくことが現実的に難しいという事実もあるわけです。ですからコミットはそう簡単なことではありません。仮にできたとしても相当の時間がかかる。法定雇用率の引き上げが5年ごとにやってくる状況では、そんな悠長なことはいっていられない。その現実的な選択肢が特例子会社であることは否定できないと思います。川上さん:もう一つ忘れてはいけないことがあります。障害のある人とない人一緒に働くこと、それこそがすばらしいと言う考えにとらわれてしまうのもいかがなものかと思います。「インクルーシブな環境ですよ」といっても、それは障害のない人の論理かもしれません。障害のある社員自身が安心して働けていなければ意味がないのです。
内藤さん:障害のある方本人の希望も尊重するべきだとも思います。特例子会社でないほうが良い方もいるでしょう。一方、特例子会社で働くことを志向される方もいるわけです。特例子会社なのか、親会社での直接雇用なのかといった二者択一でもありません。企業グループ算定特例という方法もあります。特例子会社をつくらないで、たとえば人事部の直下で特例子会社のような環境を整えて障害者雇用を進めていくというやり方も、近年増えています。


特例子会社を設立しようとしている企業に伝えたいこと

内藤さん:特例子会社の設立段階において、まずはメインの事業を何にするかということは大変重要な課題ですよね。川上さん:私が社長を務めていた2010年頃設立される特例子会社の多くが知的障害の方を雇用していました。その後徐々に精神障害者を雇用する特例子会社が増加し、現在の主流となっています。紙のデータを社内システムやエクセルなどに入力する業務などを請け負うスタイルが多くみられました。ですが、昨今のコロナやDXの進展によってそのような業務がどんどん減っている状況もうかがえますので、これまでの特例子会社がやっている事業が参考にならないかもしれません。内藤さん:そのとおりです。既存の特例子会社についても、これまでの業務が減ってしまい仕事の確保に苦労している話は枚挙にいとまがありません。川上さん:特例子会社の事業の選定にあたっては、グループ全体での事業の選択と集中といった視点での職域開発をしていく必要があると思います。「切り出す」という発想より、どちらかという「集約して」「生産性を上げる」という考え方の方がうまくいくように思います。
内藤さん:業務は決して永遠ではないと思い、常に仕事の開拓をし続けなければならないと考えるべきですね。私はその仕事は特例子会社の社長の最大ミッションだと思います。川上さん:相談に来られた企業のご担当の方には「社長はどなたがなさるのですか?」とうかがいます。設立準備の責任者の方には、特例子会社の経営に関与していただきたい。あるいは特例子会社の社長など経営に関与される方には、設立段階から関わっていただきたいと思います。特例子会社という箱が作られるのではなく、一つの会社、企業が設立され、事業が営まれるわけですからね。内藤さん:特例子会社の役割も進化していくと思います。私たちの時代の特例子会社は、親会社、グループ会社の障害者雇用の責任を果たすという役割、そしてプロフィットセンターとして自立するという2つが大きな役割でした。これからの特例子会社には自社がもつ障害者雇用のノウハウを使って親会社やグループ会社の障害者雇用をサポートしていく役割も求められていくと思います。川上さん:そうですよね。特例子会社でない形で働いている精神障害の社員の方、あるいは手帳を持っていないけれど精神疾患などで働きづらさを抱えている社員の方など、配慮を必要とする社員に対し、特例子会社が保有している障害者雇用のノウハウが活用できると思います。内藤さん:採用についても特例子会社がリーダーシップを発揮することができると思います。グループ会社が合同で障害者採用イベントを開催する動きが生まれていますが、採用のプロセスで特例子会社の立場から情報提供できることも多いと思います。グループ全体の採用について特例子会社がサポートしてくことによって、グループ全体での本来的なダイバーシティ&インクルージョンの推進につながっていくように思います。ある特例子会社の経営層の方から伺ったのですが、将来的にはいったん特例子会社を解散して、そのノウハウをグループ会社に浸透させたいとおっしゃっていました。非常にチャレンジングですが本質的な意見だと私は思いました。

川上さん:今は、企業の中で障害者雇用があたりまえのこととして行われるようになる過程ととらえていくべきですね。法改正もあります。社会環境やビジネス環境の変化も非常に早くて大きい時代ですが、特例子会社の設立が目的やゴールではありません。内藤さん:障害のある方にとっては、一般的には特例子会社の方が働きやすいことが多いです。また一般の職場では働くことが難しいと思われている精神障害、発達障害の方、知的障害の方の職場が創出しやすいという面もあります。

内藤 哲 様
1975年東京海上火災保険株式会社入社。
東京海上時代は、企業営業や営業推進の部署を歴任、経営企画部CSR部門にも在籍。
2006年グループの人材派遣会社((株)東京海上日動キャリアサービス:TCS)の人事総務部に転籍後、障害者雇用を担当。
東京海上グループの特例子会社(東京海上ビジネスサポート(株):TMBS)の創設に携わり、2010年1月新会社設立、同年3月特例子会社の認可取得。大阪支社長(名古屋支社長、採用能力開発部長兼務)を務め、2016年9月TMBS社退職。
2019年4月より、公益社団法人全国障害者雇用事業所協会(全障協)大阪相談コーナーで相談業務を担当。


川上 知之 様
1982年株式会社ワールド入社。ワールド時代は、経理、人事、オフィスサービス等を担当。
2004年4月ワールドグループの特例子会社(株式会社ワールドビジネスサポート)設立と共に代表取締役社長に就任(2004年~2016年)。
2016年9月株式会社ワールド退職。
2017年6月より、公益社団法人全国障害者雇用事業所協会(全障協)大阪相談コーナーにて相談業務を担当。

特例子会社 事業計画書テンプレート

特例子会社制度や設立要件など記載されている項目について
自社の考えや状況をふまえ、検討していくことで、
社内に説明する事業計画書をつくることができます。
ご相談は無料です。まずはお気軽にご連絡ください。