会社探訪 〜土屋喜久が訪ねた障害者雇用の最前線〜

株式会社マルイキットセンター(埼玉県戸田市)

皆さん、こんにちは。
今回の訪問は、株式会社マルイキットセンター(埼玉県戸田市)です。

今、埼玉県で障害者雇用を積極的に進めている会社を、順次訪問させていただいています。同社は、株式会社ポラスシェアードの鈴木英生さんに、ご紹介いただきました。
当日(2024年6月14日)は、代表取締役社長の飯塚水絵さん、業務担当チーフマネジャーの森田学さん、人材育成・情報保障推進担当チーフマネジャーの榊原功さんに、ご対応いただきました。

《業態の変化に対応しつつ、職域を拡大》

マルイキットセンターは、1992年に、その前身の「戸田キットデリバリーセンター」としてスタート。
当初は、株式会社丸井グループの内部組織でしたが、2003年に分社化し、同社の特例子会社として認可されました。

また、丸井グループにおける障害のある方への取組はさらに遡り、1982年に、店舗内の縫製室関連の業務で始まったとのこと。
その後、グループの業態は大きく変遷し(大規模小売店舗の展開→フィンテック事業の拡大)、現在はクレジットカード事業(エポスカード)が売上の多くを占める中にあって、マルイキットセンターも、業態の変化に対応しつつ、職域を開発し、雇用を拡大してきたそうです。

マルイキットセンターは、JR埼京線の北戸田駅近くにある丸井グループの物流センターの中にあります。
3つの大きな建物で構成される広大なスペースの中で、48名の障害のある社員(メンバー)が、4つの担当に分かれて業務を行っています。

・ストレージサービス担当(グループ各社で使用する事務用品の管理・出荷など)
・物流サポート担当(通販サイトで販売する商品の検品(入荷登録・点数確認・値札取付など))
・オフィスサポート担当(全グループ社員の名刺・社員証の作成、グループ各社が使用する各種物件の印刷・管理、帳票の電子化など)
・出納センター担当(店舗のテナントで使用された各種金券の確認・仕分け・データ処理など)

メンバーを障害種別でみると、知的障害のあるメンバーが約6割を占めるほか、聴覚障害のあるメンバーが15名、活躍しています。

オフィスサポート担当(名刺の作成)
出納センター担当(売上日報や金券・クーポン券の確認)

《グループでも特例子会社でも、共通の制度のもとで》

丸井グループ全体における障害者雇用の取組の特徴は、マルイキットセンターによる「集中雇用」とともに、グループ各社がそれぞれ「インクルーシブな雇用」に取り組んでいることです。

このような両立を方針とする企業グループは、他にも例は多いと思いますが、例えば、親会社やグループ各社では身体障害、特例子会社では知的障害や精神障害というような「役割分担」をしているケースが多いように感じられます。
丸井グループでは、そのような役割分担を意識することなく、グループ各社の様々な職場でも、知的障害や精神障害のある社員が活躍しているとのことでした。

そして、「集中雇用」でも「インクルーシブな雇用」でも、障害のある社員にとって、処遇や適用される各種の制度は共通しているとのこと。特例子会社とグループ他社で制度が共通しているというのも、他にはあまり例のない取組とお見受けしました。
このような制度設計は、丸井グループ全体の人事管理の仕組や考え方に由来しているようです。
すなわち、グループでは、どのような分野・業態の会社であれ、人事関係の制度はすべて共通しているとのこと。このため、グループの会社間で、特段の障壁もなく「人事異動」が行われており、飯塚さん、森田さん、榊原さんも、グループ内の数社で勤務した経験をお持ちでした。


《一般社員向けの制度に移行も可能》

また、障害のある社員向けの制度は、一般社員向けの制度とは別建てになっていますが、双方の制度の間には、移行できる仕組みが整備されているとのこと。
マルイキットセンターでキャリアを積んで昇格した社員は、一般社員向けの制度に移行し、例えばグループ他社において、一定の役割を担うことも可能とのことでした。
実際には、転勤もある一般社員への移行は、難しい面もあるとのことでしたが、選択肢は用意されていることになります。

グループ全体で処遇や制度が共通していることや、一般社員向けの制度との接続があることは、障害のある社員の選択肢と可能性を広げるものとして、優れた取組であると感じました。


《安定就労・定着に向けた取組を手厚く》

そのような中で、今回訪問したマルイキットセンターの取組として印象深かったのは、「安定就労・定着に向けた取組」が手厚く用意されていることです。
同社では、「成長・定着に向けた3つの柱」として、下記の3項目を掲げています。

第一の「成長や自立に向けた取り組み」では、メンバーの自発性を重視した取組が印象に残りました。
例えば、「自己申告書」は、チャレンジしてみたい業務を社長直行で申告する仕組み。「手挙げ文化」とも表現されたこの仕組みを通じて、これまで17名のメンバーが担当する業務を変更したとのことです。



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また、同僚への指導や他部署との交渉を担える人材を育てるべく、「リーダー育成プログラム」(1年間)と「フォローUPプログラム」も開始。現在は、前述の4つの担当で、メンバーがこのプログラムを経てリーダーとして配置されているそうです。


《「情報保障」を柱に掲げて》

三つめの「合理的配慮の促進」では、
・「小さな配慮・業務改善」の取り組み
・「情報保障」の意識向上
の2項目が立てられており、特に「情報保障」という概念を掲げていることが印象的でした。

説明資料には、「『情報の本質が正しく伝わり理解につなげる』ことを旨として相手の特性に寄り添うことを心がけ、日々のコミュニケーションから工夫して取り組む」と、記載されています。

具体的な例のひとつとして、研修についてご説明がありました。

社員向けの研修は、グループ全体で全社員共通のものが体系的に用意されており、マルイキットセンターのメンバーも、その例外ではありません。
しかし、研修教材には、専門用語や難しい熟語などもちりばめられています。受講したからといって、真に内容まで理解できたのか、疑問なしとは言えないのではないかと考え、実際に習得の度合いについて確認してみたところ、やはり十分とは言えない結果が出たそうです。
そこで、マルイキットセンターでは、研修内容をより平易にわかりやすくかみ砕いた資料を作成し、研修の受け方についても、少人数のグループで行うなど工夫を行っているとのこと。その結果、内容の理解は大きく進み、働く意欲の向上にもつながったとのことでした。

作業現場における「小さな配慮」の具体例としては、グループ他社の社員と一緒に仕事をしている物流サポート担当の職場で、作業の基準を示したシートを改善した事例を伺うことができました。

ここでは、シートの表現を改善し、判断に迷うことのないよう、基準の記述を明確にしたり、絵や写真を合わせて表示するなどの工夫をしたとのこと。作業指示をきちんと伝えるという点で、これも「情報保障」です。
そして、この改善は、一緒に仕事をしている他の社員にとってもわかりやすく、効率的に仕事ができるということで、広く使われることになったとのことでした。

「情報保障」とは、実は、社員の特性を踏まえてきめ細やかに対応することが、モチベーションの向上や仕事の効率などにつながるという意味において、障害の有無にかかわらないものと感じました。
同時に、「情報保障」という考え方を掲げて取り組むマルイキットセンターが、グループ内への発信源となっていることの意義も、強く感じました。


《聴覚障害のあるメンバーが随所で活躍》

マルイキットセンターの障害者雇用のもうひとつの特徴は、聴覚障害があるメンバーが多数活躍していることです。

聴覚障害者の雇用の歴史は古く、典型的な例としては、騒音が厳しい工場の中で作業に従事するなどのケースが知られています。
しかし、マルイキットセンターにおける聴覚障害のある方の雇用は、2005年から始まったとのこと。今回見学したメンバーが働く職場も、音の面で環境に課題があるわけではありません。
そこで、経緯を伺ってみると、高級時計などの検品業務を新たに開始する際に、業務に集中できる人が多いという障害特性に着目して、近隣の特別支援学校から採用を始めたとのこと。
その後、出納センターの業務を新たに開始した際(2017年)にも、雇用を拡大し、現在では、15名の聴覚障害のあるメンバーが各担当で幅広く活躍しています。

これは、聴覚障害の皆さんの働く力そのものに対する評価であり、また、それを十分に引き出している会社側の努力の賜物と言えるでしょう。
出納センター担当の職場では、聴覚障害のあるメンバーが他のメンバーに業務の指示を出すなど、リーダーとして活躍している様子を拝見しました。手話は、どの職場でも自然に使われていました。

前述の「情報保障」の取組は、このような聴覚障害のある方の多数雇用の基盤になっていると感じました。
一方で、聴覚障害のあるメンバーの中でも個人差があり、手話とは言語の構造が異なる日本語の理解に課題があって、他の社員とのコミュニケーションに支障を来たす場面もあるとのことでした。このことは、リーダーへの登用にも影響する面があるそうで、引き続きの課題であるとお見受けしました。


《多彩な人材がそれぞれの持ち場で活躍》

メンバーが働く職場を見学する中で、物流サポート担当で働いている櫨山七菜子さんにお目にかかりました。櫨山(はぜやま)さんは、卓球で日本代表にもなっているパラアスリートです。
私は、パラアスリートが普通に仕事をしている、そういう場面に初めて出会いました。一日の中で仕事が6時間、練習が2時間と、会社側も配慮し、応援しているそうですが、仕事の面でも、中堅メンバーとして欠かせない存在とのこと。その自然な仕事ぶりがとても印象的でした。

埼玉県の「プラチナアスリート」に認定


多彩な人材が、多様な職域のそれぞれの持ち場で活躍している。そんなマルイキットセンターの今後ますますの発展をお祈りしたいと思います。

《自社PR》

これから先の未来に向け、わたしたちが新たに果たすべき役割として、発足当初の「雇用率確保」という命題から大きく進化し、丸井グループ内はもとより、社会全体の「DE&I」を推進させることを本気でめざしています。
「障がいのある方々が働く特別な会社」ではなく、「さまざまな個性が集まり、お互いを理解し、共に成長する会社」として、社員それぞれがそれぞれのペースで、自分の得意なこと、やりたいことを探しながら、毎日チャレンジを続けています。
自分は誰かの役に立っている、と誰もが誇りと自信を持てるよう、ひとりひとりの「好き」をエネルギーに、「WILL」をエンジンに、障がいの有り無しを越えて、すべての人がイキイキと楽しく働く自己実現の基盤づくりを進めて参ります。

《会社概要》

*掲載した資料や写真は、各社からご提供いただいたものです。
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
土屋喜久(つちや・よしひさ)

株式会社FVP 執行役員
一般社団法人障害者雇用企業支援協会(SACEC) 顧問
学校法人ものつくり大学 理事長

1962年生まれ、群馬県出身。
厚生労働省において、障害者雇用対策課長、職業安定局長、厚生労働審議官を務め、障害者の雇用促進に深く関わった。
同省を退職後、2022年5月、SACECの顧問に就任。
本年10月、FVP・執行役員となる。
これからも障害者雇用へのかかわりを深めていきたいと考えている。