会社探訪 〜土屋喜久が訪ねた障害者雇用の最前線〜

株式会社電通そらり

皆さん、こんにちは。
今回の訪問は、株式会社電通そらりです。

電通そらりといえば、SACEC(一般社団法人障害者雇用企業支援協会)専務理事の石崎雅人さんが初代の社長を務めた会社。「まだ訪問できていませんでしたね」とお詫びしつつ、石崎さんに見学のアレンジをお願いしました。

2023年10月5日、汐留の電通本社ビルに入っている本社を訪問し、石崎さんから社長を引き継いだ清水恒美さんにご対応いただくとともに、同月10日には、世田谷区喜多見にある「農園そらり」も訪問しました。

《そらりの朝は、朝礼とストレッチから》

電通そらりは、2013年に設立。「そら」と「ひかり」を足して「そらり」。株式会社電通グループを親会社とし、株式会社電通などとともに、6社でグループ適用の認定を受けています。
社員130名のうち、障害を持つ社員(サービススタッフ)は94名、うち84名が知的障害者です。

電通そらりでは、担当する業務によって、7つのチームを編成。ごみ回収など仕事の特性から、勤務時間は早番・遅番の2つに分けられています。

電通そらり本社では、遅番(9:15始業)の皆さんの朝礼に、参加させていただきました。
ビルの20階にある、椅子とテーブルが配置された広々としたスペースは、フリーアドレスになっていて、40名位のサービススタッフの皆さんが三々五々集まってきて、席が埋まっていきます。
定刻になると、サービススタッフのひとりが進行役となって朝礼が開始され、清水社長からのお話のほか、私の訪問もご紹介いただきました。

そして、朝礼の前に続けて行われるのは、「そらりストレッチ」。
グループ全体の健康管理に関してご縁があるインストラクターに依頼して作成したプログラムで、動画を見ながら、3分間、みんなで体を動かします。40名位の皆さんが揃ってストレッチを行う様子は、壮観です。

このストレッチ、毎週火曜日はインストラクターが来社・実演して、指導もしているとのこと。サービススタッフの中には、動画をDVDで持ち帰り、自宅でもやっている人がいるそうです。
清水さんからは、「このストレッチを始めて5年。みんな、体幹が本当に強くなった」とのお話が。まさに「継続は力なり」です。

《ハンドドリップの本格コーヒー》

本社では、ごみ回収(分別されたごみを各階で回収するチームと、3階~43階の縦動線で集約するチームで分担)、打合せスペースやテレカンブース(個室ブース)の清掃のほか、広告年鑑の電子化入力作業(年鑑の内容をデータベース化)という、電通らしい業務も見せていただきました。



2019年から新たに取り組んでいるのは、「珈琲そらり」です。
サービススタッフが、ハンドドリップでコーヒーを淹れ、エスプレッソマシンも操作する、本格的なコーヒーショップ。オーダーやレジも、サービススタッフが担当します。
私も、開店直前のバックヤードで、淹れたての香り高いブレンドをご馳走になりました。

11時に開店すると、次々と社員が訪れて、コーヒーをテイクアウトしていきます。ビルの14階にある「珈琲そらり」に、エレベーターを乗り継いで、わざわざやってくる。なかなかのブランド力です。

《採れたての野菜を即売》

本社で最後に見学したのは、「農園そらり」の即売コーナー。
4階にある社員食堂の一角で、お昼時に合わせた販売に向けて、サービススタッフが採れたての野菜を並べ、準備中。張りのある茄子、緑が濃いピーマン、瑞々しい空心菜、そして、大きなバターナッツも並んでいます。

こんな立派な野菜を作っている「農園そらり」とは、どんなところなのか?


《農園そらりでは、播種から収穫まで》

というわけで、10月10日、この日は石崎さんと一緒に、小田急線・喜多見駅から歩いて15分ほどのところにある「農園そらり」を訪問しました。
当日は、朝まで本降りの雨。心配したその雨も、幸いにも自宅を出る時にはあがり、現地では青空も見えて、秋らしい好天に恵まれました。



電通そらりが農園を始めたのは、石崎さんのお話によれば、そもそもの契機として、電通グループ全体の「働き方改革」があったとのことです。

かつて働き方の観点から電通のあり方が問われた際に、社員の働き方を変えるひとつのプランとして、オフィスを出て農業と関わる案が出たとのこと。
グループ内では、別途、福利厚生施設(世田谷区駒沢)の再活用プロジェクトも動いていて、オフィス業務だけではない職域の拡大を検討していた電通そらりは、この施設の駐車場跡地を活用した農園業務を提案。
農園そらりは、2018年、まずこの場所で、テストプログラムとして始まりました。

2022年には、駒沢での経験も活かし、喜多見の新しい農園で再スタート。
約787㎡という広い畑で、農福連携の専門家である金子栄治さんから専門的な指導を受けながら、年間を通じて、いろいろな野菜が収穫できるよう、計画的に作付けを実施。播種から収穫まで、すべてサービススタッフが行います。
この日は、11月の収穫に向けて、春菊の種まきが行われていました。

《グループ社員のサポーターと一緒に》

農園そらりは、大きく2つのエリアに分かれています。
ひとつは、電通本社ビルや港区役所の売店で販売する野菜を栽培するエリア。
もうひとつが「農園そらりサポーターズクラブ」のエリアです。

サポーターズクラブは、電通グループ内で15チームを募集。サポーターは、1チーム10名まで。サポーターズクラブの期間は、4月~11月。各チームは月会費を支払い、そらりからは、毎月、収穫した野菜をお渡しする、というスキーム。
サポーターには、ニュースレター「農園そらり通信」が毎月発信され、収穫された野菜は、メッセージカードやレシピとともに届けられます。ちなみに、昨年は12種類の野菜(※)、今年は、14種類の野菜を提供するそうです。

   (※)ラディッシュ、ほうれん草、大根、じゃがいも、枝豆、スイカ、
      かぼちゃ、小松菜、さつまいも、かぶ、にんじん、ごぼう

農園では、チームごとに区画が決められていて、サポーターとなっているグループ社員が、サービススタッフと一緒に、農作業や収穫作業を体験しているとのこと。
農園そらりの原点となったプランが、ここに生きているとお見受けしました。

《住宅地の中で》

喜多見駅からしばらく歩くと、住宅地の中に畑も点在し、野菜の無人直売所があったりします。
農園そらりは、そのような地域の一角にあって、土地のオーナー自身が営んでいる畑や一般市民向けに貸している区画と、広く地続きになっていました。

 とはいえ、農園のすぐ隣には、一戸建ての住宅やマンションが建ち並んでいます。周辺住民とはどのような関係になっているのか、清水さんに伺ってみると、自然に挨拶を交わし、良い関係作りができているとのお話。「サービススタッフは、みんな元気よく気持ちのいい挨拶をするからです。」とのことでした。


《特例子会社が営む農業とは》

農業と障害者の就労をめぐっては、障害者を多数雇用し、農業を本業として営んでいる企業もあれば、農福連携の動きも活発になっていますし、いわゆる障害者雇用ビジネスにおける農園の動向もあります。
また、農作業(土いじり)は障害者に向いていると考える人もいれば、障害者だから農業に向いているというわけではないと考える人もいます。
さらに、一口に農業と言っても、規模の大小があり、かつ、電通そらりのような露地栽培もあれば、ハウス栽培も、建屋の中で行われる水耕栽培(いわゆる野菜工場)もあり、働く環境は大きく異なります。

このような中で、特例子会社が取り組む農業は、どのような存在であればよいのか。
農業に取り組む特例子会社が増えている中で、議論や情報共有が必要かもしれません。

私は、単に障害者に働く場を提供するという名目だけではなく、親会社やグループ全体の経営の中に、この営みが何らかの意義を持って明確に位置づけられていることを期待したいと思います。
そして、働く障害者にとって、他の職域でもそうであるように、この仕事で長く働き続けることができ、ステップアップもできる、そのような場となることも、大切ではないでしょうか。

サービススタッフの皆さんと一緒に
石崎さん(左から3人目)、清水さん(右から2人目)、私(中央)


新鮮な野菜のおすそ分けとともに、サービススタッフの皆さんの笑顔が素敵な1枚を、記念にいただきました。

電通そらりの皆さんが、本社でも農園そらりでもますます活躍の場を広げ、活躍を続けることを心よりお祈り申し上げます。

~「農園そらり」を一緒に見学した石崎雅人さんから、一言~

電通そらりは、今年設立から10年の節目を迎えました。設立当初から取組み続けている業務もありますが、新たに広げてきた業務も多々あり、今日の姿となりました。その中で最もユニークな業務が農園ではないかと思います。
それは、もとより電通そらりの力だけで実現できたものではなく、親会社及びグループ会社、そしてその社員の理解と協力があって初めて実現できたものです。
そこでの活動は、単に野菜を育てるということにとどまらず、収穫や頒布の場などでそらりのサービススタッフと接する場面を通じ、サポーターをはじめとした親会社及びグループ会社の社員が障害者に関する理解を深めることにも繋がっていくことも期待されます。
とかく声高に語られがちな「インクルージョン」というものが、ここを入口として、知らず知らずのうちに優しい形で浸透していくことに期待しています。



《自社PR》

2013年に清掃業務からスタートし、電通グループ各社のオフィスサービス業務を担いながら、2018年に世田谷区内に露地栽培の農園、2019年にカフェ、そして2024年にはベーカリーカフェをオープンし、業務領域を拡大させています。

サービススタッフ100名弱、全社で140名弱の規模ですが、社員が一体感を持ち、モチベーション高く、長く働くことができるよう、職場環境を整備するとともに、研修制度の充実や社内イベントの実施などを行っています。

「苦手なことはあるけれど、得意なことはもっとある」、「得意を仕事に」。
社員がいきいきと活躍し、成長できる会社をめざしています。

《会社概要》

*掲載した資料や写真は、各社からご提供いただいたものです。
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
土屋喜久(つちや・よしひさ)

株式会社FVP 執行役員
一般社団法人障害者雇用企業支援協会(SACEC) 顧問
学校法人ものつくり大学 理事長

1962年生まれ、群馬県出身。
厚生労働省において、障害者雇用対策課長、職業安定局長、厚生労働審議官を務め、障害者の雇用促進に深く関わった。
同省を退職後、2022年5月、SACECの顧問に就任。
本年10月、FVP・執行役員となる。
これからも障害者雇用へのかかわりを深めていきたいと考えている。