国立がん研究センター 東病院(千葉県柏市)
皆さん、こんにちは。
今回の訪問は、国立がん研究センター 東病院(千葉県柏市)です。
「2024年問題」が社会問題となっている物流や建設業と同様に、医師についても、2024年4月から時間外労働の上限規制が適用されます。この規制を盛り込んだ「働き方改革法」の制定作業に、厚生労働省在職当時に携わった私は、医療現場におけるタスクシフトやタスクシェアの動きに関心を持っており、病院における障害者雇用も、この動きと密接に関連しながら進んでいくのではないかと考えています。
そこで、行政の先輩でもある、「医療機関の障害者雇用ネットワーク」代表世話人の依田晶男さんにご紹介いただき、8月10日、千葉県柏市にある同病院を訪問しました。
当日は、病院における障害者雇用にも取り組んでいるトヨタループス株式会社の有村秀一社長ほか、同社とトヨタ記念病院の担当の皆さんと一緒に訪問。総務課・ジョブコーチの小泉聡子さん、今別府和代さん、安藤桂子さんにご対応いただきました。
国立がん研究センター東病院は、1992年に設立され、職員数は約1700人。2011年に、院内に「オフィスオーク」を開設して、知的障害者を中心に雇用を進めてきました。
オフィスオークには現在、16名の障害を持つ職員が所属して、院内の各部門から依頼された多岐にわたる作業を担っています。
この日、見学させていただいた現場では、
・点滴架台の清掃(拭き取り)
・固定用テープのカット(点滴の管などを身体に固定するテープを、所定の大きさにカット)
・サクションチューブのカット(痰の吸引に使うチューブを、所定の長さにカット)
・止血用パッド付絆創膏の切り離し(10枚続きの包装を、1枚ずつに切り離し)
・廃棄資材の分別(使用期限が切れた検査キットを、医療廃棄物・一般ごみなどに分別)
・伝票のファイリング(1か月分の振替伝票を番号順に並べ直し、ファイリング)
・シュレッダー(看護部、薬剤部などから、毎日回収)
などの作業が行われていました。
作業は二人一組で進められ、週単位で組まれたスケジュールには、様々な作業が組み込まれています。しかし、多くは長い間取り組んできた作業で、習熟しており、自律的に進められていました。
小泉さんのお話では、これらの作業の多くは、それまで看護助手などの皆さんが業務の合間にこなしていたものを集約し、病棟ごとに細かく異なるニーズにも応えつつ、オフィスオークの業務として確立してきたとのこと。その際には、病院全体として「すべてはがん患者のために」という基本姿勢があることから、オフィスオークも例外ではないとの考え方で作業を受注し、取り組んできたとのお話でした。
オフィスオークの取組は、タスクシフトの動きを先取りしたものであり、医療現場の効率化、ひいては患者の利益にもつながっている、優れた取組であると思いました。
これらの作業は、どのようにして院内から集めてきたのか? その歩みを語るのが「猫の手 お貸しします!」と題したチラシです。
個人的には「猫の手というわけでも、ないはずだけどなあ・・」と思いつつ、このチラシを見ると、「“難しくはないけどちょっと手間がかかる”“余裕があったらやりたい”仕事をお手伝いしています。」と、オフィスオークの機能をしっかりアピール。裏面には、他の医療機関における知的障害者の従事例を参照できるよう、具体的に数十項目にわたって列挙されており(*)、とても工夫されたチラシです。
(*)これらの事例は、「医療機関の障害者雇用ネットワーク」から提供を受けたとのことでした。
チラシは、着実に効果を発揮。小さな作業でもひとつ依頼が獲得できて、それで「できるんだ」ということが見えてくると、その部門からの依頼が次第に増えていったそうです。
現在では、恒常的に確保されている作業も多く、このチラシが活躍する場面は限られているそうですが、今後はまた活躍の場面が増えるかもしれません。
医療業には除外率(30%)が適用されており、2年後にはその引下げが。国立がん研究センターは国立研究開発法人なので、3年後の法定雇用率は3.0%です。
国立がん研究センターの中期計画(~2026年3月)には、「人事の最適化」という項目の中で、「障がい者が、その能力と適正(筆者注:適性?)に応じた雇用の場に就き、地域で自律できる社会の実現に貢献するため、障がい者の雇用を推進するとともに、サポート要員の確保など働きやすい環境の整備にも取り組む。」と明記されています。
開設から12年が経ち、オフィスオークの「ありがたさ」が、病院の現場にとって「当たり前」になりつつある現在、今後の障害者雇用の拡大のためには、経営層を含めた院内全体に、あらためてその存在意義を広くアピールし、新たに担う作業を掘り起こしていく必要がありそうです。
ところで、オフィスオークの作業を拝見して、素人目に感じたのは、医療用の資材に「特徴的な」とも言えそうな事情です。
例えば、先述の「固定用テープ」。製品としては長いロール状になっていて、ハサミで実際に使う大きさに切り分けます。病棟によって依頼される形状などが異なるそうで、オフィスオークでは12種類に及び、週あたり約4千枚を用意しているとのこと。実際に見た作業では、切り分けるだけではなく、決まった場所に切り込みを入れたり、剥がれにくいように、角を丸く切り取ったりする作業もしていました。
「サクションチューブ」も、長いチューブを切り分ける作業(切り分ける長さは一定)。現場ですぐ使えるようにするために、週におよそ150本分を切り分けて、病棟に納品しているとのことでした。
つまり、私の目から見ると、どうやら、数ある医療用の資材の中には、最終的に使用する場面に合わせて製品化されておらず、実際に使用するためには、一定の手間を要する事前準備が必要なものが少なからずあるようだ、ということです(絆創膏の包装の切り離しも、然りです)。そして、多くの病院では、その準備を看護師や看護助手などの皆さんが、病棟で(業務の合間に)こなしている・・・。
日本の医療全体の効率性についての議論は、ここではさておくとして、このような事情には、東病院のように、障害者が活躍し、現場の効率化に貢献する可能性が(自ずと)潜在しているのではないでしょうか。医師の働き方改革から波及して、タスクシフトの取組が求められている今、他の病院においても、ぜひ積極的に検討していただきたいと思います。
私が厚生労働省で障害者雇用対策課長を務めていた頃(2004~2007年)は、医療機関では障害者雇用がなかなか進まず、私自身、指導に出向いた経験もありました。現在でも、公的機関の雇用状況(*)を見ると、病院を運営している地方の企業体には、法定雇用率未達成の機関が残っています。
(*)公的機関については、厚生労働省が年1回発表している「障害者雇用状況の集計結果」の中で、個別の機関ごとの雇用状況が公表されています。
https://www.mhlw.go.jp/content/001027403.pdf (p27~)
そのような中、今回の訪問では、医療機関における可能性をしっかりと認識することができました。そして、医療機関は、診察や治療で障害者と接する機会も多いはず。そういう場だからこそ、障害者雇用の取組をさらに進めてほしいとの思いを新たにしました。
国立がん研究センター東病院において、障害者の皆さんが活躍する場面がさらに広がることをご期待申し上げるとともに、医療機関全体に障害者雇用の動きが広がっていくことを心よりお祈りしたいと思います。
この度、一緒にご訪問させていただいたトヨタループスの鈴木と申します。
弊社では、今年5月トヨタ記念病院の新病院開院と同時に、病院分室準備室を開設し、1年後には分室として本稼働を予定しています。私は30年近く看護職として自院で働いていましたが、病院分室立ち上げのために弊社へ出向し、現在は病院分室準備室室長として障害者雇用の現場に従事しています。経験不足で悩むことも多いですが、様々な試行錯誤を重ねチャレンジの毎日を送っています。
今回、国立がん研究センター東病院を訪問させていただき、お話をお伺いした中で、私が特に印象に残っているのは日課の組み立て方です。
障害者の特性に合わせて作業を選定することはもとより、障害者が集中力を維持しやりがいを持って働けるように、1時間以内に完結できるように各作業を細かく分け、かつ緩急をつけ、作業ごとに小休憩が入れるなど、日課の組み立てのコツや工夫点などをご説明いただきました。作業の種類が多く、短時間に切り分けができる病院の作業ならではの日課の組み立てになっていて、とても参考になりました。皆さんが長期的に安定して就業されている要因の一つであることが伺えました。
また、お話の中では、日頃悩んでいることに対してのたくさんのヒントを頂くことができ、私の気持ちが一歩前進したような気がしています。当院はまだまだこれからですが、障害者雇用拡大へ向けて今後も「医療機関の障害者雇用ネットワーク」を活用させていただき、皆さまと交流を深めさせていただけると嬉しく存じます。
医療現場は医師や看護師などの医療職が中心の職場ですが、定型的な業務も多く、障害者雇用が医療職の「働き方改革」に貢献できる職場です。
医療専門職の理解が得られないと悩む事務長も多いですが、「医療機関の障害者雇用ネットワーク」(https://medi-em.net)で紹介している具体的な業務やノウハウを伝えると、むしろ医療職が障害者雇用に前向きになることも多いので、ぜひ活用ください。
*掲載した資料や写真は、各社からご提供いただいたものです。
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
今回の訪問は、国立がん研究センター 東病院(千葉県柏市)です。
「2024年問題」が社会問題となっている物流や建設業と同様に、医師についても、2024年4月から時間外労働の上限規制が適用されます。この規制を盛り込んだ「働き方改革法」の制定作業に、厚生労働省在職当時に携わった私は、医療現場におけるタスクシフトやタスクシェアの動きに関心を持っており、病院における障害者雇用も、この動きと密接に関連しながら進んでいくのではないかと考えています。
そこで、行政の先輩でもある、「医療機関の障害者雇用ネットワーク」代表世話人の依田晶男さんにご紹介いただき、8月10日、千葉県柏市にある同病院を訪問しました。
当日は、病院における障害者雇用にも取り組んでいるトヨタループス株式会社の有村秀一社長ほか、同社とトヨタ記念病院の担当の皆さんと一緒に訪問。総務課・ジョブコーチの小泉聡子さん、今別府和代さん、安藤桂子さんにご対応いただきました。
《すべてはがん患者のために》
オフィスオークには現在、16名の障害を持つ職員が所属して、院内の各部門から依頼された多岐にわたる作業を担っています。
この日、見学させていただいた現場では、
・点滴架台の清掃(拭き取り)
・固定用テープのカット(点滴の管などを身体に固定するテープを、所定の大きさにカット)
・サクションチューブのカット(痰の吸引に使うチューブを、所定の長さにカット)
・止血用パッド付絆創膏の切り離し(10枚続きの包装を、1枚ずつに切り離し)
・廃棄資材の分別(使用期限が切れた検査キットを、医療廃棄物・一般ごみなどに分別)
・伝票のファイリング(1か月分の振替伝票を番号順に並べ直し、ファイリング)
・シュレッダー(看護部、薬剤部などから、毎日回収)
などの作業が行われていました。
作業は二人一組で進められ、週単位で組まれたスケジュールには、様々な作業が組み込まれています。しかし、多くは長い間取り組んできた作業で、習熟しており、自律的に進められていました。
小泉さんのお話では、これらの作業の多くは、それまで看護助手などの皆さんが業務の合間にこなしていたものを集約し、病棟ごとに細かく異なるニーズにも応えつつ、オフィスオークの業務として確立してきたとのこと。その際には、病院全体として「すべてはがん患者のために」という基本姿勢があることから、オフィスオークも例外ではないとの考え方で作業を受注し、取り組んできたとのお話でした。
オフィスオークの取組は、タスクシフトの動きを先取りしたものであり、医療現場の効率化、ひいては患者の利益にもつながっている、優れた取組であると思いました。
《猫の手、お貸しします!》
個人的には「猫の手というわけでも、ないはずだけどなあ・・」と思いつつ、このチラシを見ると、「“難しくはないけどちょっと手間がかかる”“余裕があったらやりたい”仕事をお手伝いしています。」と、オフィスオークの機能をしっかりアピール。裏面には、他の医療機関における知的障害者の従事例を参照できるよう、具体的に数十項目にわたって列挙されており(*)、とても工夫されたチラシです。
(*)これらの事例は、「医療機関の障害者雇用ネットワーク」から提供を受けたとのことでした。
チラシは、着実に効果を発揮。小さな作業でもひとつ依頼が獲得できて、それで「できるんだ」ということが見えてくると、その部門からの依頼が次第に増えていったそうです。
現在では、恒常的に確保されている作業も多く、このチラシが活躍する場面は限られているそうですが、今後はまた活躍の場面が増えるかもしれません。
医療業には除外率(30%)が適用されており、2年後にはその引下げが。国立がん研究センターは国立研究開発法人なので、3年後の法定雇用率は3.0%です。
国立がん研究センターの中期計画(~2026年3月)には、「人事の最適化」という項目の中で、「障がい者が、その能力と適正(筆者注:適性?)に応じた雇用の場に就き、地域で自律できる社会の実現に貢献するため、障がい者の雇用を推進するとともに、サポート要員の確保など働きやすい環境の整備にも取り組む。」と明記されています。
開設から12年が経ち、オフィスオークの「ありがたさ」が、病院の現場にとって「当たり前」になりつつある現在、今後の障害者雇用の拡大のためには、経営層を含めた院内全体に、あらためてその存在意義を広くアピールし、新たに担う作業を掘り起こしていく必要がありそうです。
《医療現場では、いろいろな事前準備が必要?》
例えば、先述の「固定用テープ」。製品としては長いロール状になっていて、ハサミで実際に使う大きさに切り分けます。病棟によって依頼される形状などが異なるそうで、オフィスオークでは12種類に及び、週あたり約4千枚を用意しているとのこと。実際に見た作業では、切り分けるだけではなく、決まった場所に切り込みを入れたり、剥がれにくいように、角を丸く切り取ったりする作業もしていました。
「サクションチューブ」も、長いチューブを切り分ける作業(切り分ける長さは一定)。現場ですぐ使えるようにするために、週におよそ150本分を切り分けて、病棟に納品しているとのことでした。
つまり、私の目から見ると、どうやら、数ある医療用の資材の中には、最終的に使用する場面に合わせて製品化されておらず、実際に使用するためには、一定の手間を要する事前準備が必要なものが少なからずあるようだ、ということです(絆創膏の包装の切り離しも、然りです)。そして、多くの病院では、その準備を看護師や看護助手などの皆さんが、病棟で(業務の合間に)こなしている・・・。
日本の医療全体の効率性についての議論は、ここではさておくとして、このような事情には、東病院のように、障害者が活躍し、現場の効率化に貢献する可能性が(自ずと)潜在しているのではないでしょうか。医師の働き方改革から波及して、タスクシフトの取組が求められている今、他の病院においても、ぜひ積極的に検討していただきたいと思います。
《医療機関だからこそ、進めてほしい》
(*)公的機関については、厚生労働省が年1回発表している「障害者雇用状況の集計結果」の中で、個別の機関ごとの雇用状況が公表されています。
https://www.mhlw.go.jp/content/001027403.pdf (p27~)
そのような中、今回の訪問では、医療機関における可能性をしっかりと認識することができました。そして、医療機関は、診察や治療で障害者と接する機会も多いはず。そういう場だからこそ、障害者雇用の取組をさらに進めてほしいとの思いを新たにしました。
国立がん研究センター東病院において、障害者の皆さんが活躍する場面がさらに広がることをご期待申し上げるとともに、医療機関全体に障害者雇用の動きが広がっていくことを心よりお祈りしたいと思います。
~ 一緒に訪問したトヨタループスの鈴木徒志江さんから、一言 ~
弊社では、今年5月トヨタ記念病院の新病院開院と同時に、病院分室準備室を開設し、1年後には分室として本稼働を予定しています。私は30年近く看護職として自院で働いていましたが、病院分室立ち上げのために弊社へ出向し、現在は病院分室準備室室長として障害者雇用の現場に従事しています。経験不足で悩むことも多いですが、様々な試行錯誤を重ねチャレンジの毎日を送っています。
今回、国立がん研究センター東病院を訪問させていただき、お話をお伺いした中で、私が特に印象に残っているのは日課の組み立て方です。
障害者の特性に合わせて作業を選定することはもとより、障害者が集中力を維持しやりがいを持って働けるように、1時間以内に完結できるように各作業を細かく分け、かつ緩急をつけ、作業ごとに小休憩が入れるなど、日課の組み立てのコツや工夫点などをご説明いただきました。作業の種類が多く、短時間に切り分けができる病院の作業ならではの日課の組み立てになっていて、とても参考になりました。皆さんが長期的に安定して就業されている要因の一つであることが伺えました。
また、お話の中では、日頃悩んでいることに対してのたくさんのヒントを頂くことができ、私の気持ちが一歩前進したような気がしています。当院はまだまだこれからですが、障害者雇用拡大へ向けて今後も「医療機関の障害者雇用ネットワーク」を活用させていただき、皆さまと交流を深めさせていただけると嬉しく存じます。
~ 国立がん研究センター東病院をご紹介いただいた、「医療機関の障害者雇用ネットワーク」の依田晶男さんから、一言 ~
医療専門職の理解が得られないと悩む事務長も多いですが、「医療機関の障害者雇用ネットワーク」(https://medi-em.net)で紹介している具体的な業務やノウハウを伝えると、むしろ医療職が障害者雇用に前向きになることも多いので、ぜひ活用ください。
*掲載した資料や写真は、各社からご提供いただいたものです。
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
土屋喜久(つちや・よしひさ)
株式会社FVP 執行役員
一般社団法人障害者雇用企業支援協会(SACEC) 顧問
学校法人ものつくり大学 理事長
1962年生まれ、群馬県出身。
厚生労働省において、障害者雇用対策課長、職業安定局長、厚生労働審議官を務め、障害者の雇用促進に深く関わった。
同省を退職後、2022年5月、SACECの顧問に就任。
本年10月、FVP・執行役員となる。
これからも障害者雇用へのかかわりを深めていきたいと考えている。