埼玉福興株式会社(埼玉県熊谷市)
皆さん、こんにちは。
今回の訪問は、埼玉福興株式会社です。
同社の主力事業は、農業です。農福連携が各地で新しい展開を見せている一方で、障害者雇用代行サービスのひとつのあり方として、農園の提供が議論にもなっています。そこで、本格的に農業に取り組んでいる埼玉福興を見学し、お話を伺ってみようと考えました。
同社の新井利昌 代表取締役は、全障協(公益社団法人全国障害者雇用事業所協会)の常務理事を務めておられ、関東・甲信越ブロックの代表も務めておられます。
そこで、全障協の野村栄一事務局長にアレンジをお願いしたところ、新井さんから「見学なら、季節がよくなってからの5月がいい」とのお話があり、5月16日、野村さんと一緒に、埼玉県熊谷市の妻沼地区にある同社を訪問しました。
JR熊谷駅から妻沼行きのバスに乗ること、約30分。最寄りのバス停で、新井さんに出迎えていただきました。
日本財団のマークがラッピングされた車に乗って、新井さんの運転で、地域の中をぐるぐると回っていきます。利根川にほど近い関東平野の広々とした風景の中に、新井さんたちが展開するグループホームや作業場、農業用ハウス、畑など、様々な拠点が地域の中に点在。その活動が地域に根差し、溶け込んでいることを体感できました。
最初に車を降りたのは、大きな農業用ハウス。ここで見せていただいたのは、ネギの苗づくり。広々としたハウスの中で、大量のかわいい苗が育てられていました。野菜づくりは、苗の出来の良し悪しで決まるとのこと。そして、ここで育てられた苗は、深谷市など近隣のおよそ300軒の農家に提供されるそうです。ブランドでもある深谷のネギづくりは、埼玉福興の頑張りに支えられていることを初めて知りました。
そこから少し離れた場所にあるハウスでは、水耕栽培を見学。こちらのハウスでは、サラダほうれん草、ルッコラなど様々な葉物野菜をつくっているそうです。種から出荷できる状態まで一貫して育てていて、ノウフクJAS(障害者が生産工程に携わった食品の農林規格)の認証マークを付けて、埼玉県内の大手地元スーパーなどに出荷。この日、近くの作業場では、みず菜の出荷作業(袋詰め)が行われていました。
ハウスの近くには、玉ねぎの畑もありました。新玉ねぎの季節を迎えて収穫目前なのに、今年はなぜか収穫の目安になる現象(葉が倒れるのだそうです)がなかなか起きず、やきもきしているとのこと。いざ収穫となれば、皆さん総がかりで一気に作業を進めるそうです。
これらの現場で働いているメンバーは、雇用で働く人あり、福祉的就労で働く人あり、いろいろな作業がある中で、働き方も様々とのこと。そのことは、働く側からみれば、働き方を選ぶことができることを意味し、受け入れの面からは、どのような人でも受け入れられる間口の広さを意味すると思います。
そういう中でも、新井さんのお考えは、やはり雇用で働くことが中核に据えられています。そのお考えは、「意欲や能力に応じて、よりよい形で、どのように力を発揮してもらうか」という観点につながり、ひとりひとりの配置を考え、変えていく中にも反映されています。働く皆さんのモチベーションアップや働きがいにつながっていると感じました。
また、ここで働くメンバーは、グループホームで暮らす人と近隣から通う人が概ね半々とのことでした。新井さんのもうひとつのお考えには、生活の場と就労の場の確保を一体として実現していくということがあります。
その中で、罪を犯した障害者の受け入れも行われています。現場で私に説明してくれたメンバーのひとりも、医療少年院からここに来たとのことで、長年の勤務を経て、現場のリーダー格になっていました。最近では、事業所のスタッフにも、障害の有無に関わりなく、罪を犯した人を採用する取組も始まっているそうです。
新井さんのお話には、「ソーシャルファーム」という言葉がたくさん出てきます。
「ソーシャルファーム」とは、公益財団法人東京しごと財団が運営する「東京SOCIAL FARM」のホームページによれば、「一般的な企業と同様に自律的な経営を行いながら、就労に困難を抱える方が、必要なサポートを受け、他の従業員と共に働いている社会的企業」とされています。
自社の取組について、社会的な意義を明確にする。それだけではなく、機材や資材の調達など地元の会社とのつながり(協働)を大切にされていることも、ソーシャルな存在として意味を持つものと感じました。加えて、志をともにする組織や個人とは、地域を超えて連携を広げておられます。
ソーシャルファームという考え方は、イタリアが発祥の地だそうですが、そのご縁でしょうか、埼玉福興ではオリーブの栽培も盛んです。
埼玉でオリーブは意外でしたが、この地域では、新井さんたちのオリーブの畑をそこここで見かけます。都内のある特例子会社が埼玉福興と提携して運営しているというオリーブ畑では、数人のメンバーが、広々とした畑のあちこちで作業に従事していました。利根川をはさんで対岸の群馬県太田市にも、提携関係にある大きなオリーブ園があり、収穫の時期には大勢で応援に出かけるそうです。
最近ではトスカーナ地方との連携も始まり、イタリア式の栽培方法を取り入れる試みも始まっているとのことでした。
新井さんに、障害者雇用代行サービスが提供する農園について、どのようにお考えか、伺ってみました。
私の質問に対して、「栽培の規模が違う。農業を本格的にやっていくためには、何町歩という単位の農地が必要だ。」というお話があり、すぐ近くにあった小さなビニールハウスを指差して、「代行サービスの農園は、このハウスくらいの場所に1ユニット3人で、とかだから。それじゃ、朝礼を半日ぐらいやって、それでもう、やることが無くなってしまうのかな」とのことでした。
農業は、天候や市場価格の動向などに左右されやすく、それを乗り越えて(織り込んで)事業を運営してくためにも、一定の規模と経営の努力が必要なのだと思います。妻沼における埼玉福興の展開からも、そのことが実感でき、新井さんのお言葉は、経験に裏打ちされたものと受け止めることができました。
埼玉福興の最近の新しい試みは、藍染めです。
妻沼は、NHKの大河ドラマ「青天を衝け」で取り上げられた渋沢栄一の生誕地(深谷市血洗島)に近く、ドラマにもあったように、かつて藍の産地だった地域です。そこで、埼玉福興では、藍を種から育てて収穫し、藍染めのレジェンドの指導を受けながら、その藍を使った染物を作ってみることにしたとのこと。
この日は、スタッフがTシャツを染めているところを見学することができました。藍染めに使う液体は発酵しているそうで、強い匂いにびっくりでしたが、この液体の品質管理(定期的な攪拌など)に、障害を持つ人たちが関わっているとのこと。いろいろな物を染めることができそうで、これからどんな製品が出来るのか、楽しみです。
新井さんのお話には、「グリーンケア」という言葉も、しばしば出てきました。
「グリーンケア」とは、デンマーク由来の考え方のようで、インターネットで検索すると、「特別な支援を要する人たちに、充実した意味のある労働を自然環境および農場において提供するもの」という説明が出てきます。
私は、「障害を持つ人たちだから、農業に向いている」という考え方には、懐疑的です。いろいろな会社でその活躍ぶりを拝見すれば、そのように職域を限定して考える必要はないと思うからです。
ただ、今回、妻沼を訪問して、ここにいると時間の進み方が東京にいる時と違うと感じました。晴天にも恵まれた広い空、青々と広がる畑、そよぐ風、ゆったりとしたハウスの空間。この場所で日々を過ごし、働くことを考えると、確かに、新井さんがおっしゃる「グリーンケア」は、意味があるのかもしれないと思いました。
でも、私自身もそう感じたということは、その効果は誰にでも、ってこと? そんなことを思いながらJRに乗って東京に戻ると、いつもと変わらない日常が。
思いがけず、気持ちのいい一日を過ごすことができました。どうもありがとうございました。
*掲載した資料や写真は、各社からご提供いただいたものです。
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
今回の訪問は、埼玉福興株式会社です。
同社の主力事業は、農業です。農福連携が各地で新しい展開を見せている一方で、障害者雇用代行サービスのひとつのあり方として、農園の提供が議論にもなっています。そこで、本格的に農業に取り組んでいる埼玉福興を見学し、お話を伺ってみようと考えました。
同社の新井利昌 代表取締役は、全障協(公益社団法人全国障害者雇用事業所協会)の常務理事を務めておられ、関東・甲信越ブロックの代表も務めておられます。
そこで、全障協の野村栄一事務局長にアレンジをお願いしたところ、新井さんから「見学なら、季節がよくなってからの5月がいい」とのお話があり、5月16日、野村さんと一緒に、埼玉県熊谷市の妻沼地区にある同社を訪問しました。
《広々とした風景の中に、様々な拠点が点在》
日本財団のマークがラッピングされた車に乗って、新井さんの運転で、地域の中をぐるぐると回っていきます。利根川にほど近い関東平野の広々とした風景の中に、新井さんたちが展開するグループホームや作業場、農業用ハウス、畑など、様々な拠点が地域の中に点在。その活動が地域に根差し、溶け込んでいることを体感できました。
最初に車を降りたのは、大きな農業用ハウス。ここで見せていただいたのは、ネギの苗づくり。広々としたハウスの中で、大量のかわいい苗が育てられていました。野菜づくりは、苗の出来の良し悪しで決まるとのこと。そして、ここで育てられた苗は、深谷市など近隣のおよそ300軒の農家に提供されるそうです。ブランドでもある深谷のネギづくりは、埼玉福興の頑張りに支えられていることを初めて知りました。
そこから少し離れた場所にあるハウスでは、水耕栽培を見学。こちらのハウスでは、サラダほうれん草、ルッコラなど様々な葉物野菜をつくっているそうです。種から出荷できる状態まで一貫して育てていて、ノウフクJAS(障害者が生産工程に携わった食品の農林規格)の認証マークを付けて、埼玉県内の大手地元スーパーなどに出荷。この日、近くの作業場では、みず菜の出荷作業(袋詰め)が行われていました。
ハウスの近くには、玉ねぎの畑もありました。新玉ねぎの季節を迎えて収穫目前なのに、今年はなぜか収穫の目安になる現象(葉が倒れるのだそうです)がなかなか起きず、やきもきしているとのこと。いざ収穫となれば、皆さん総がかりで一気に作業を進めるそうです。
《多様な働き方が、生活の場とともに》
そういう中でも、新井さんのお考えは、やはり雇用で働くことが中核に据えられています。そのお考えは、「意欲や能力に応じて、よりよい形で、どのように力を発揮してもらうか」という観点につながり、ひとりひとりの配置を考え、変えていく中にも反映されています。働く皆さんのモチベーションアップや働きがいにつながっていると感じました。
また、ここで働くメンバーは、グループホームで暮らす人と近隣から通う人が概ね半々とのことでした。新井さんのもうひとつのお考えには、生活の場と就労の場の確保を一体として実現していくということがあります。
その中で、罪を犯した障害者の受け入れも行われています。現場で私に説明してくれたメンバーのひとりも、医療少年院からここに来たとのことで、長年の勤務を経て、現場のリーダー格になっていました。最近では、事業所のスタッフにも、障害の有無に関わりなく、罪を犯した人を採用する取組も始まっているそうです。
《ソーシャルファームとして》
「ソーシャルファーム」とは、公益財団法人東京しごと財団が運営する「東京SOCIAL FARM」のホームページによれば、「一般的な企業と同様に自律的な経営を行いながら、就労に困難を抱える方が、必要なサポートを受け、他の従業員と共に働いている社会的企業」とされています。
自社の取組について、社会的な意義を明確にする。それだけではなく、機材や資材の調達など地元の会社とのつながり(協働)を大切にされていることも、ソーシャルな存在として意味を持つものと感じました。加えて、志をともにする組織や個人とは、地域を超えて連携を広げておられます。
ソーシャルファームという考え方は、イタリアが発祥の地だそうですが、そのご縁でしょうか、埼玉福興ではオリーブの栽培も盛んです。
埼玉でオリーブは意外でしたが、この地域では、新井さんたちのオリーブの畑をそこここで見かけます。都内のある特例子会社が埼玉福興と提携して運営しているというオリーブ畑では、数人のメンバーが、広々とした畑のあちこちで作業に従事していました。利根川をはさんで対岸の群馬県太田市にも、提携関係にある大きなオリーブ園があり、収穫の時期には大勢で応援に出かけるそうです。
最近ではトスカーナ地方との連携も始まり、イタリア式の栽培方法を取り入れる試みも始まっているとのことでした。
《本格的に農業に取り組むためには》
私の質問に対して、「栽培の規模が違う。農業を本格的にやっていくためには、何町歩という単位の農地が必要だ。」というお話があり、すぐ近くにあった小さなビニールハウスを指差して、「代行サービスの農園は、このハウスくらいの場所に1ユニット3人で、とかだから。それじゃ、朝礼を半日ぐらいやって、それでもう、やることが無くなってしまうのかな」とのことでした。
農業は、天候や市場価格の動向などに左右されやすく、それを乗り越えて(織り込んで)事業を運営してくためにも、一定の規模と経営の努力が必要なのだと思います。妻沼における埼玉福興の展開からも、そのことが実感でき、新井さんのお言葉は、経験に裏打ちされたものと受け止めることができました。
《地域に縁のある藍染めに挑戦》
妻沼は、NHKの大河ドラマ「青天を衝け」で取り上げられた渋沢栄一の生誕地(深谷市血洗島)に近く、ドラマにもあったように、かつて藍の産地だった地域です。そこで、埼玉福興では、藍を種から育てて収穫し、藍染めのレジェンドの指導を受けながら、その藍を使った染物を作ってみることにしたとのこと。
この日は、スタッフがTシャツを染めているところを見学することができました。藍染めに使う液体は発酵しているそうで、強い匂いにびっくりでしたが、この液体の品質管理(定期的な攪拌など)に、障害を持つ人たちが関わっているとのこと。いろいろな物を染めることができそうで、これからどんな製品が出来るのか、楽しみです。
《グリーンケアの効果》
「グリーンケア」とは、デンマーク由来の考え方のようで、インターネットで検索すると、「特別な支援を要する人たちに、充実した意味のある労働を自然環境および農場において提供するもの」という説明が出てきます。
私は、「障害を持つ人たちだから、農業に向いている」という考え方には、懐疑的です。いろいろな会社でその活躍ぶりを拝見すれば、そのように職域を限定して考える必要はないと思うからです。
ただ、今回、妻沼を訪問して、ここにいると時間の進み方が東京にいる時と違うと感じました。晴天にも恵まれた広い空、青々と広がる畑、そよぐ風、ゆったりとしたハウスの空間。この場所で日々を過ごし、働くことを考えると、確かに、新井さんがおっしゃる「グリーンケア」は、意味があるのかもしれないと思いました。
でも、私自身もそう感じたということは、その効果は誰にでも、ってこと? そんなことを思いながらJRに乗って東京に戻ると、いつもと変わらない日常が。
思いがけず、気持ちのいい一日を過ごすことができました。どうもありがとうございました。
《自社PR》
農福連携、グループホーム、シェアハウス、農福一体での、日本のこれからの形インクルーシブ雇用を示す、社会的企業・日本のソーシャルファーム。
《会社概要》
社名 | 埼玉福興(株) |
主な業種 | 福祉・農業 |
従業員数 | 13 名 |
うち障害者社員の人数 | 2 名 |
障害の内訳 | 身体1人、知的0人、精神1人 |
URL |
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
土屋喜久(つちや・よしひさ)
株式会社FVP 執行役員
一般社団法人障害者雇用企業支援協会(SACEC) 顧問
学校法人ものつくり大学 顧問
1962年生まれ、群馬県出身。
厚生労働省において、障害者雇用対策課長、職業安定局長、厚生労働審議官を務め、障害者の雇用促進に深く関わった。
同省を退職後、2022年5月、SACECの顧問に就任。
本年10月、FVP・執行役員となる。
これからも障害者雇用へのかかわりを深めていきたいと考えている。