会社探訪 〜土屋喜久が訪ねた障害者雇用の最前線〜

株式会社京王シンシアスタッフ

皆さん、こんにちは。
今回の訪問は、株式会社京王シンシアスタッフです。

2023年に入って、障害者雇用率制度に大きな動きがありました。

法定雇用率の2.7%への引上げと、11年ぶりの除外率の引下げの決定です。法定雇用率の引上げは、2024年4月(2.5%)と2026年7月(2.7%)の二段階。すべての企業において、今からしっかりと取り組むことが重要となっています。

加えて、除外率が適用されている業種においては、2025年4月に除外率の10%引下げがあり、一層の取組が求められます。

除外率適用対象業種の企業では、この事態をどのように受け止め、対応しようとしているのか? そのような問題意識を持ちながら、3月10日、親会社が鉄道業(除外率30%)であり、SACECの村山孝雄・前理事長の出身企業でもある同社を訪問しました。

当日は、西山豊社長、峯尾誠業務部長、業務専任スタッフリーダーの松丸美奈子さんに、ご対応いただきました。


《知的障害者の雇用に特化、清掃業務が9割》

京王シンシアスタッフは、2004年、京王電鉄株式会社(同社もSACEC会員です)を親会社として設立。その後、グループ認定を逐次拡大して、現在では、京王重機整備株式会社、株式会社京王百貨店、京王電鉄バスグループ(京王バス・京王電鉄バス)など、6社1グループが認定を受けています。

社員数は122名、うち障害を持つ社員(スタッフ)が84名で、すべて知的障害者です。

主要な業務は、鉄道の現業施設などの清掃で、全体の約9割を占めているとのこと。清掃以外では、シーツ交換(鉄道・バス関連の宿泊施設)、京王百貨店で提供する紙袋を二重にする作業などが、特色ある業務と言えます。


《チームごとに電車で移動して》

京王シンシアスタッフでは、スタッフ3~4名と指導員(スタッフリーダー)1名で、チームを編成。5つの事業所に計24チームが所属し、各チームが、沿線の26地区に80か所ある営業先(乗務区、電力管理所、バス営業所など)に、電車で移動して作業を行う「分散型」が特徴です。




チームごとの分担(場所・作業)は、業務予定表に明示。ほとんどの場合、行く先が毎日変わり、午前と午後で場所や作業が変わることも多いそうです。

この日は、京王電鉄・若葉台車両基地の管理棟で行われていた、トイレ・浴室・社員食堂の清掃、寝室のシーツ交換、電鉄社員の作業着を洗濯する作業を見学しました。どの作業にも綿密なマニュアルがあり、自律的にてきぱきと作業が進められていました。




分散型の業務展開には、課題もあります。移動時間が必要で効率が悪いこと。清掃道具など荷物が多くて重いこと。同じ清掃でも、営業先によって具体的な手順に違いがあり、習熟に時間がかかる場合があること。

それでも、そこは鉄道好きも多いというスタッフの皆さん。同じ作業の繰り返しよりは、移動しながら変化もある毎日の仕事に、モチベーションもアップするようです。




《特別チームを組んで、高齢化の課題に対応》

西山さんからは、直面している課題として、スタッフの高齢化についてお話がありました。現在、スタッフの平均年齢は33歳ですが、今後上昇が見込まれ、今から対応を進めることが必要とのお考えです。

これまでも、加齢に伴って作業効率の低下がみられたケース(スピードが遅い、手順を飛ばしてしまうなど)があり、その対応として、
・課題が生じたスタッフを「特別チーム」に編成して、集中指導を実施。
・担当する営業先を固定して、体力面・精神面の負荷を軽減。
・ジョブコーチ資格保持者を指導員に充てて、個人ごとに課題を洗い出し、個人カルテを作成。
・用具類を改善(タオルに替えて吸水スポンジを使用し、絞る手順を減らすなど)。
に取り組んだとのこと。その結果、特別チームは既に通常の指導員の管理に移行し、固定した営業先で作業を順調にこなしており、そのうちの1名は、他の営業先の応援もできるようになったそうです。

この対応と成果は、戦力としてより長く活躍できる状況を確保する試みとして、優れた取組であると感じました。課題の的確な分析と粘り強い努力の賜物であると思います。

また、用具類の見直しは全体にも展開し、働きやすさや労働災害の防止につながったとのこと。現場におけるきめ細かな工夫の好事例と言えるでしょう。


《除外率の引下げ ~ 大きな不足が想定される中で》

京王シンシアスタッフのグループ認定は、前述のとおり、親会社の京王電鉄に加えて6社1グループに及びますが、親会社だけではなく、京王電鉄バスグループ(道路旅客運送業)や株式会社京王子育てサポート(児童福祉事業)にも、除外率が適用されています。西山さんのお話では、いずれも労働集約型の事業であり、除外率の引下げの影響は大きいとのことでした。

現時点の実雇用率は、グループ認定全体で2.7%。現状から推計すると、除外率の引下げと法定雇用率の引上げが施行された後には、法定雇用率に対して18カウントの不足が想定されるそうです。同社の新規採用は年に2名程度ですので、この不足は大きなものがあります。

京王シンシアスタッフは、この事態にどのように向き合い、乗り越えようとしているのか? お話を伺って、大きな方向性は既に整理されていると拝察しました。

第一に、西山さんは、法定雇用率の引上げや除外率の引下げは、今回だけで終わるものではなく、長期の視点に立って取組を考える必要があるとのお考えです。

また、グループ各社には、「シンシアスタッフに任せる」という姿勢になることなく、主体的に取り組んでほしいと考えておられます。近いうちに各社への説明の場を設けるべく、準備を進めているとのことでした。

職域の拡大も必要です。様々なアイデアが、西山さんのお話に出てきました。
・今はグループの事業所内に限られている活躍の場を、鉄道の利用者や沿線住民にも見える形で広げられないか? 
・忘れ物の大半を占める傘の再利用など、社会的な課題の解決に役立つ仕事はできないか? 
・精神障害者の雇用も視野に入れつつ、親会社やグループ各社において、社員の近くで業務をサポートする役割を担えないか? 
いずれもインクルージョンやSDGsといった、大きな視点からの発想とお見受けしました。

私は、このような西山さんのお考えは素晴らしいと感じました。対応すべき課題が大きい時は、その分、大きく構えて臨むことが肝要だと考えるからです。

京王グループの経営トップから、どのようなメッセージを発するか?
グループ全体の経営方針に、この課題への対応をどのように盛り込むか?

親会社との関係では、あらためてお互いの役割を議論して、「親子の絆」を確認・強化する好機です。このことは、特例子会社の存在意義を再定義することでもあると考えます。

グループ各社との間には、業務の競合を含め、摩擦や軋轢もあることと思います。しかし、議論してみなければ、事は始まりません。グループ認定の範囲が広いことで、議論を持ちかけやすいというメリットもありそうです。

京王シンシアスタッフの皆さんの奮闘を期待したいと思います。


《京王電鉄の工場も見学 ~ そこにも可能性が?》

訪問の最後に、車両基地内にある京王電鉄・若葉台工場を見学させていただきました。以前の企業訪問記で鉄チャンであることをカミングアウトした私に、ご配慮いただいたものです。同工場では、池上優 副工場長、孫田美徳 管理担当助役にご対応いただきました。

工場の広い構内には、京王線を連日走っている車両が、重要部検査(4年以内または60万km以内)や全般検査(8年以内)で入場。床下や車内の主要部分を取り外し、1か月近くかけてオーバーホールする作業が行われています。

多岐にわたる工程を丁寧にご案内いただき、安全の確保や乗り心地のために、どれほどの力が注がれているか、学ばせていただきました。


この写真は、小学生向けの見学会の様子です


見学した私は、この工場の中にも、パーツの在庫管理、工具の整理・準備、検査工程など、作業の効率化にも資する形で、京王シンシアスタッフの皆さんが活躍できる場があるのではないかと思いました。

また、この見学を通じて、鉄道の現場は男性がたいへん多い職場であると、あらためて認識しました。とはいえ、人材確保は大切であり、女性の活躍に取り組むことは必須だと思います。そして、障害者が働きやすい職場は、みんなが働きやすい。障害者雇用と女性活躍をあわせて、ダイバーシティ全体の方針として打ち出していくことも、「大きく構える」一案かもしれません。

大きな課題に立ち向かう京王シンシアスタッフと京王電鉄の皆さんにエールを送りつつ、今後ますますの発展をお祈りしたいと思います。


~一緒に訪問したJEED・那須利久 職業リハビリテーション部次長から、一言~

                    ※JEED = 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構

今般の法改正で示された「雇用の質の向上」にすでに取り組まれ、成果を上げていることに深く感銘を受けるとともに、私ども支援機関が企業から頼られる存在となるために何が必要なのか、あらためて考えさせられました。
貴重な機会を与えていただいたことに厚くお礼申し上げます。


《自社PR》

京王電鉄の鉄道現業社員施設を中心に、京王電鉄バスや京王百貨店などグループ7社の施設の清掃業務を行っています。
障害者社員3~4名に指導員が1名付き、電車やバスを使って清掃場所まで移動する、かなり珍しいスタイルです。他の乗客の迷惑にならないようマナーに気を付けながら、毎日小旅行を楽しむ気持ちで頑張っています。
業務の中にはベッドメイキング(シーツ等の交換作業)もあり、皴なくキレイに仕上げられるので、電車やバスの乗務員にも好評です。
移動に清掃作業と体力を使う仕事ですが、日常的に体を動かすため、みんな明るく元気です!

《会社概要》

*掲載した資料や写真は、各社からご提供いただいたものです。
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
土屋喜久(つちや・よしひさ)

株式会社FVP 執行役員
一般社団法人障害者雇用企業支援協会(SACEC) 顧問
学校法人ものつくり大学 顧問

1962年生まれ、群馬県出身。
厚生労働省において、障害者雇用対策課長、職業安定局長、厚生労働審議官を務め、障害者の雇用促進に深く関わった。
同省を退職後、2022年5月、SACECの顧問に就任。
本年10月、FVP・執行役員となる。
これからも障害者雇用へのかかわりを深めていきたいと考えている。