会社探訪 〜土屋喜久が訪ねた障害者雇用の最前線〜

株式会社障碍社

皆さん、こんにちは。
今回の訪問は、株式会社障碍社です。

次はどこにお邪魔しようかと、SACECの会員名簿を眺めていたら、この会社が目に留まりました。

「この会社の名前、何? 株式会社高齢社なら知ってるけど」というわけで、SACEC事務局に問い合わせたところ、みずほビジネス・チャレンジド株式会社OBの藤田顕さんが、顧問を務めておられることが判明。さっそく藤田さんに連絡を取って、2月22日、東京都町田市にある本社を訪問しました。

当日は、代表取締役の安藤信哉さん、藤田さん、第2事業本部の能登山陽本部長、資格講習事業所つばめの小田嶋陽子所長に、ご対応いただきました。




《社名の由来は》

安藤さんは、車いすユーザーです。高校生の時に交通事故に遭い、頸髄を損傷して車いすの生活に。大学で経営学を学び、大学院に進んだ時に支援費制度が始まり、障害者福祉をめぐる課題と向き合うことになったそうです。

そして、重度訪問介護や居宅介護の事業を自ら始めるため、2005年に設立したのが、有限会社パーソナルアシスタント町田です。

安藤さんが取り組んだのは、北欧に由来するパーソナルアシスタンスの考え方を取り入れた事業。介助を受ける当事者が、受けるサービスを自分で選んで決めるという「自己選択・自己決定のある暮らし」です。

その後、資格講習事業、相談支援事業、福祉用具事業にも事業を拡大し、2018年には、発達障害を持つ児童・生徒を対象として、放課後等デイサービスを埼玉県川越市で行っている株式会社ゆめキッズと提携。この経緯の中で、株式会社高齢社の創業者である上田研二さんと出会い、2021年に「障碍社」と社名を変更したとのことです。

私は、このご縁に驚くとともに、この社名は、自ら就業を通じて社会参加の機会をつくるという、両社に共通した理念が現された意義深い社名であると理解しました。


《2つの好循環① ~ セルフケアマネジメントでサービス向上》

障碍社は、現在、重度訪問介護と居宅介護の事業を4つの地域(町田市、相模原市、八王子市、横浜市)で展開しており、その拠点には、かつての社名である「パーソナルアシスタント」という名称がつけられています。

これらの事業の運営の根幹は、セルフケアマネジメント(SCM)です。

前述した自己選択・自己決定の仕組みであり、受けるサービスについて、ケアプランに積極的に関わって自らマネジメントし、ヘルパー・スタッフのシフトも管理して、支払う対価を自ら査定して決定するとのこと。一人ひとりがいわば経営主体です。

同社では、サービスの受け手は「利用者」ではなく、「ユーザー・スタッフ」と位置づけられています。サービスを受ける人たちも事業のスタッフだという考え方によるものです。

当事者の主体的な関わりが、自然な形で事業にビルトインされていることに、感銘を受けました。

そして、SCMは好循環を生んでいます。

SCMでは、①コーディネーターがシフト調整に かける時間が少なくなるため、その費用を削減する ことができ、②削減した費用はヘルパー・スタッフに還元することで、処遇の改善につながります。

そして、③処遇の改善は、ヘルパー・スタッフのモチベーションの向上、サービスの向上につながり、④顧客満足度の向上につながって、SCMを動かす動機になるという好循環です。
この好循環は、SCMの仕組みが合理的で無理がないということを意味していると思います。




《2つの好循環② ~ サービスの受け手が事業を支えるスタッフへ》

障碍社では、SCMがもととなって、もうひとつの好循環が生まれています。

前述のような自己選択・自己決定は自己効力感を生み、一歩進んで、事業を支えるスタッフになろうとする人が出てくるとのこと。

そのスタッフは、入院中や地域で生活している当事者にピアサポートとして関わり、事業にも好影響を与え、本人のキャリアアップにも繋げています。

そして、その姿を見て、次に続く人が現れる・・・。




この好循環も見事です。障碍社では、現に24名の 障害者が、ピア・サポーター、相談支援、事務職などに就いています。

そして、パーソナルアシスタントの所長は、いずれも車いすユーザー。安藤さんは、この状況を「障害者が雇用している」と表現して、「これがまさに健常者雇用ではないか」とおっしゃいます。目が開かれる思いでした。




《ヘルパー・スタッフの処遇を改善》

障碍社のホームページには、10項目にわたる「経営方針」が掲げられています。

一番手はもちろん「自己選択・自己決定」ですが、2つめの項目は「ヘルパー・スタッフの社会的地位の向上」です。

その趣旨は、
「ユーザー・スタッフが自分らしい生き方をしていくためには、ヘルパー・スタッフの支援が必要不可欠です。それゆえ障碍社では、良い(good)ヘルパー・スタッフには継続的に勤めてもらえるよう高賃金・高福利厚生を目指しています。同時に、ヘルパー・スタッフには良質な介助サービスを目指して資質向上に励んでもらっています」
と書かれています。

そして、障碍社のヘルパー・スタッフの年収は、平均で500万円を超えているとのこと。訪問介護員の平均年収は、厚生労働省のデータ(※)によれば約364万円ですので、これを大きく上回っています。
※厚生労働省の職業情報提供サイト jobtag を参照しました。
https://shigoto.mhlw.go.jp/User/Occupation/Detail/133 


しかし、事業に対する報酬は公定価格で決まっているのに、なぜこの処遇が実現できているのか?

素朴な疑問を安藤さんに投げかけると、「まだ十分に整理できていないけど」とおっしゃいつつ、次の4点のお話がありました。

1つめは、前述したように、SCMでコーディネーターの業務が縮減されて、費用を削減できていること。

2つめは、障害者雇用納付金制度から、障害者雇用調整金や障害者介助等助成金を受給していること。障碍社の現在の社員数は、200名を超えていますので、調整金の対象です。

3つめは、ICTの導入と徹底した業務効率化。事務所の業務はもちろん、ユーザー・スタッフとのやりとりもデジタルが基本で、タブレットを使った更なる効率化を検討中だそうです。この点に関しては、行政のデジタル化の遅れについて、ご指摘がありました。

4点目として、障害を持つ事務所スタッフの処遇が控えめになっていること。背景には、障害年金や医療費助成制度の所得要件があるそうです。

私には知識がありませんでしたので、調べてみると、障害基礎年金の場合、障害等級が2級であれば支給額は約77万円(年額)ですが、20歳前の傷病による年金の支給については、前年の所得額が約370万円を超えると半額に、約472万円を超えると全額支給停止となる仕組みになっています。医療費の助成(心身障害者医療費助成制度)は、自治体によって異なり、東京都では、所得制限基準額は約360万円(扶養親族がいない場合)でした。

この要件があるために「所得調整」が行われているとすれば、これは、最近大きな話題となっているパート労働者の就業調整と同様の問題ではないかと思いました。

障害を持つ方々の働く意欲や機会を阻害する「壁」とならないよう、ここでも働き方に中立的な制度を構築することが求められるのではないでしょうか。


《ビジネスモデルの広がりは、これからに期待》

障碍社の優れたビジネスモデルは、他の会社・法人にも広がっているのではないかと思い、安藤さんに尋ねてみると、「それがなかなか広がらない」とのお話でした。

その理由には、なにより重度訪問介護事業の報酬の水準が低いということがあるほかに、安藤さんが思ったほどには、起業マインドを持つ障害者が多くないことがあるそうです。

確かに、このモデルは障害者の主体的な経営参加を前提としていますし、経営学を学び、先取の気概をお持ちの安藤さんの背中を追うのは、たいへんそうです。

とはいえ、近年は大学でも修学支援の取組が進んでいます。次に続く人材が輩出され、「障碍社モデル」が全国に広がることを期待したいと思います。


《SACECにも新しい風を》

障碍社の挑戦は、止まるところを知りません。一昨年には、精神障害者も対象とする就労継続支援B型の事業所を多摩市に開設。ホームページには、目指すべきは「世界一の障害者福祉の総合企業」とあります。

そして、今、力を入れているのはブランディング。社員の働きがいのためにも大切なこととのお考えです。昨年3月には、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の厚生労働大臣賞を受賞しています。



地域における障害者雇用の取組にも、積極的に関わっています。安藤さんは「町田地域障がい者雇用企業連絡会」の世話人となっていて、連絡会の事務局は障碍社に置かれています。

安藤さんには、「SACECにもぜひ、新しい風を吹き込んでいただきたい」とお願いしました。

今後も続く障碍社の挑戦を楽しみにしつつ、ますますの発展をお祈りしたいと思います。


《自社PR》

株式会社障碍社は、企業が障害者を雇用するのではなく、障害者が企業を創り、障害者が中心となり発展させている会社です。「自由・豊さ・共生」を社是に、自己選択・自己決定の尊重、物心両面での豊かさの追求、共生社会の実現を目指してきました。
その結果として、障害者にとって働きやすい環境が、子育て世代、ひとり親世帯、LGBTsなど、どんな人にとっても働きやすい環境に繋がったと考えています。
これからもエクセレントではなく「グッドな会社」を目指して進化していきたいと思います。

《会社概要》

*掲載した資料や写真は、各社からご提供いただいたものです。
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
土屋喜久(つちや・よしひさ)

株式会社FVP 執行役員
一般社団法人障害者雇用企業支援協会(SACEC) 顧問
学校法人ものつくり大学 顧問

1962年生まれ、群馬県出身。
厚生労働省において、障害者雇用対策課長、職業安定局長、厚生労働審議官を務め、障害者の雇用促進に深く関わった。
同省を退職後、2022年5月、SACECの顧問に就任。
本年10月、FVP・執行役員となる。
これからも障害者雇用へのかかわりを深めていきたいと考えている。