会社探訪 〜土屋喜久が訪ねた障害者雇用の最前線〜

エプソンミズベ株式会社(特例子会社)

皆さん、こんにちは。
2023年初めての企業訪問は、私の第二の故郷、信州です。


《ほぼ30年ぶりに訪問》

前置きが少し長くなりますが、私は、1994年7月から1年9か月ほど、当時の労働省から長野県庁に出向し、県内のハローワークを統括する立場の職業安定課長を務めました。

当時は知的障害者の雇用が様々な職域で進み始めた頃で、県内で先進的な取組を起こそうとしていたのが、諏訪市に本社があるセイコーエプソン株式会社でした。

同社が打ち出したのは、特例子会社であるエプソンミズベ株式会社の新たな拠点として、半導体製造に必要となる特殊な防塵衣のクリーニング工場を松本市に立ち上げ、知的障害者を雇用するというプロジェクト。そして、セイコーエプソンの人事部でこのプロジェクトを担当し、実質的に推進力となっていたのが、竹内上人さんです。

同い年の私たちは、このプロジェクトで意気投合。当時から障害者雇用に関心が強かった私にとっても、エプソンミズベ松本工場の新設は、思い出深い出来事となりました。


その竹内さんと、昨年夏に、あるきっかけから久しぶりに音信が復活。現在はマッケン・コンサルタンツ株式会社の代表取締役である竹内さんにアレンジをお願いし、1月13日、竹内さん、大塚由紀子さん(株式会社FVP代表取締役)とともに、ほぼ30年ぶりにエプソンミズベを訪問しました。

当日は、エプソンミズベの上條尚史代表取締役、荒井孝昌管理部長とともに、セイコーエプソンの阿部栄一執行役員(人事本部長)、髙倉洋右人事部長にもご対応いただきました。


《信州の地で幅広い業務を展開》

エプソンミズベは、もうひとつの特例子会社(エプソンスワン株式会社)とともに、セイコーエプソンをはじめとする関係各社とグループ認定を受けており、グループ全体(8社)の実雇用率は2.70%。カウントの内訳としては、エプソンミズベの占める割合が44%、セイコーエプソンが34%となっています。




現在は、セイコーエプソン本社にほど近いところにある本社(諏訪市)のほか、長野県の南信・中信地域にあるセイコーエプソンの事業所に併設する形で、5か所に拠点を設置。各拠点の状況に応じて、
・オフィス業務(名刺作成、資料の電子化など)
・製造・製造補助業務(生産用治具の洗浄、時計部品の加工前段取りなど)
・リサイクル・環境業務(インクカートリッジの仕分け、ビルクリーニングなど)
と、幅広い業務を展開しています。今回の訪問では、本社の中で行われているインクカートリッジの仕分け作業を見学させていただきました。


(生産用治具の洗浄)
(インクカートリッジの仕分け)
前述の松本工場は、事業の推移に対応して既に閉鎖したとのこと。防塵衣のクリーニングは、半導体製造が東北エプソン株式会社(山形県酒田市)にシフトしたことに伴い、現在は同社に併設されたエプソンスワンで行われており、松本で蓄積されたノウハウも引き継がれているそうです。

30年近くの時間が経過する中で、障害者雇用も変遷し、そして大きく進展していることを実感しました。


《グループの障害者雇用を牽引する》

エプソンミズベの「ミッション」には、2つの柱が掲げられています。

1つ目の柱には「グループの障がい者雇用を牽引します」とあり、その中に「グループ各社へ障がい者雇用ノウハウを展開・支援します」という項目がありました。

このように「展開・支援」を明記している例は、私としては初めて拝見したので、具体的にどのようなことをしておられるのか、お尋ねしてみたところ、現時点では、障害に対する社員の理解を深める取組や研修の受け入れなどを行っていて、これからもっと深化させたいとのお話でした。

特例子会社が障害者雇用そのものを進めるだけでなく、グループの中で「展開・支援」のような役割を発揮することは、インクルージョンを進める観点からもたいへん興味深く、今後の特例子会社のあり方のひとつの方向を示すもののように思います。

セイコーエプソンのグループ適用全体でみても、前述のとおりセイコーエプソンが34%を占めていることを考えれば、エプソンミズベがミッションに掲げる役割を発揮できる場面は、さらにいろいろあるのではないかと思いました。


親会社との関係では、人事交流という面もあります。

エプソンミズベからは、現在、21名の障害を持つ社員と支援スタッフ1名がセイコーエプソン及び関係会社に出向しており、その逆のケースもある(9名の出向を受入)とのお話でした。障害を持つ社員のキャリアパスの多様化や働きがいの点から考えても、取組を着実に進めていくことが大切だと考えます。

このような取組に関して、厚生労働省は、2024年度から新設する予定の「障害者雇用相談援助助成金(仮称)」(※)において、特例子会社が地域の企業に対して、雇入れや雇用継続に関する相談援助を行うことを想定するとともに、親事業主等に対する相談援助についても、親事業主等への転籍・出向が実現した場合には助成の対象にするとのことです。この助成制度を契機として、特例子会社の新しいあり方が追求されることを期待したいと思います。
  (※)労働政策審議会障害者雇用分科会 資料(2月20日)
   https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/001060302.pdf 


《「サポートブック」を活用して支援》

エプソンミズベでお伺いした特徴的な取組に、「サポートブック」があります。

障害を持つ各々の社員について、アセスメントや面談などを通じて確認した障害に関する情報や配慮事項、強みや弱みの分析結果、目標と指導方法などを集約。アセスメントシートを使った自己評価を行ったり、定期・随時の個人面談を行った際には、情報を繰り返し更新し、同社の幹部や所属する拠点で支援を担当するスタッフがアクセスできるようになっています。

サポートブックは、本人に対して適切な支援を行うことが目的であるため、本人には開示しない方針の下、自己評価と客観的評価のずれなど、機微にわたる情報も掲載しているそうです。社員の微妙な変化にも気づきやすく、すみやかな対応に活かすことができているとのことでした。

サポートブックの活用は、障害の特性だけではなく、社員一人ひとりをいわば全人格的に捉えて、日常のコミュニケーションを深めるとともに、きめ細かな配慮や支援を個々に行う基盤となっていると感じました。


荒井さんのお話では、このようなノウハウの蓄積は、障害者雇用を進めようとする企業に「惜しみなく」提供しているとのことです。

エプソンミズベの「ミッション」のもうひとつの柱には、「障がい者雇用を通じ社会へ貢献します」とあり、その中に「取り組み事例を社会へ展開し貢献します」とあります。

これは、前述した新しい助成制度が想定する役割でもあり、荒井さんのお話は、まさにその実践だと感じました。


《施設外就労を受け入れる》

もうひとつの「社会への貢献」となりそうなのが、地域の就労継続支援事業所からの施設外就労の受け入れです。

取組の発端は、地域の事業所からの要請とのこと。これを受けて、セイコーエプソンの事業所の中で何かできないか検討したところ、思い当たったのが、生協(セイコーエプソン生活協同組合)が運営する社員食堂だそうです。社員の皆さんが食事を済ませて下げてきた食器類を食洗器に投入する作業。限られた時間帯だけの作業なので、人手の確保が難しかったそうで、この作業に入っていただく。この取組は、現在、セイコーエプソンの広丘事業所で開始されているとのことです。

このような試みは、一般就労と福祉的就労の境界領域における取組として、たいへん意義深いものがあると考えます。施設外就労として取り組むだけでなく、一般就労への橋渡しになるかもしれません。

昨年12月に成立した障害者総合支援法の改正では、一般就労しながら福祉サービスも一時的に利用することができる仕組が新たに制度化されています。また、超短時間雇用の取組も、あちこちで始まっています。この領域は、そのような新しい働き方の可能性を秘めており、様々な取組を試すことができる領域だと思います。

荒井さんからは、今回の取組は、地域の就労継続支援事業所との連携を深めるためにも有意義だというお話がありました。

会社設立以来長年の実績を持つエプソンミズベにとって、高齢になった社員の処遇は大きな課題となっています。一般就労を目指す福祉施設の利用者のためにも、職業生活からの引退を迎える社員のためにも、このような取組を契機とした地域の連携が深まることを、大いに期待したいと思います。


《アビリンピックは、社員の成長の場》

エプソンミズベでは、これまでアビリンピックに積極的に選手を送り出し、全国大会にも出場していたとのこと。しかし、2020年・2021年の全国大会には、感染防止を重視して出場を控えたそうです。
https://corporate.epson/ja/about/network/domestic/epsonmizube/company/feature/activity.html

今後についてお尋ねすると、休止状態になっていた現状では選手の育成や指導に課題があるとのお話で、本格的な復帰には時間がかかりそうです。

それでも、荒井さんからは、これまでの経験から「アビリンピックへの出場による社員の成長は目を見張るものがあり、なにものにも代えがたい」というお話がありました。アビリンピックがそのような役割を果たしていることは、たいへん嬉しいことです。

エプソンミズベの早期の復帰をご期待申し上げたいと思います。

エプソンミズベを訪ねた後、セイコーエプソン本社の敷地内にある「エプソンミュージアム諏訪 創業記念館」を訪問しました。




ここでは、エプソンミュージアム諏訪の上條寛さん、公益財団法人エプソン国際奨学財団事務局長の相馬智恵子さんにご案内・ご説明をいただき、同社の歴史を語る貴重な資料の数々を拝見し、創業以来の絶え間ない挑戦と受け継がれてきた精神を学ぶことができました。

この記念館には、エプソンミズベの社員の皆さんも見学に訪れたそうです。

エプソンミズベが、信州を代表する企業グループの一員として、これからも社員の皆さんの成長とともに、さらなる発展を遂げられることを心よりお祈り申し上げます。


~ 一緒に訪問した株式会社FVPの大塚由紀子さんから、一言 ~

「障害と仕事をマッチングするのではなく、一人ひとりの適性や能力と仕事をマッチング している」と管理部長の荒井さんはおっしゃいます。言うは易し行うは難しです。エプソンミズベ社でそれができるのは、これまでの歴史に加え、「サポートブック」の存在が多いに貢献しているのではないかと感じます。永年勤続表彰は「35年」という区切りもあるそうです。

障害者雇用の「質」とはこういうことですね。本当に勉強になりました。


《自社PR》

エプソンミズベ株式会社は、障がい者雇用の促進を目的として、1983年にセイコーエプソン㈱の特例子会社として設立されました。
それ以来、地域の皆様や行政機関など、多くの方々のご支援・ご指導のもと、グループはもとより、地域の障がい者雇用の促進に取り組んでまいりました。
これまで、セイコーエプソングループは「進取の気風」を発揮しながら、様々な社会環境の変化を乗り越えて成長してきました。エプソンミズベも、グループの一員として同じ気風を大切にしつつ、働く仲間一人ひとりの行動が、明るい会社と社会づくりの原動力になって欲しいと願っています。
障がい者雇用への真摯な想いを繋いで社会に貢献する、なくてはならない会社であり続けると同時に、「人としての優しさや思いやり」を決して離さずに、一人ひとりがそれを一層高めることができる会社であるために、ダイバシティ・エクイティ&インクルージョン(多様性を認め、それぞれの個性・能力を活かす)の実践を続けてまいります。

《会社概要》

*掲載した資料や写真は、各社からご提供いただいたものです。
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
土屋喜久(つちや・よしひさ)

株式会社FVP 執行役員
一般社団法人障害者雇用企業支援協会(SACEC) 顧問
学校法人ものつくり大学 顧問

1962年生まれ、群馬県出身。
厚生労働省において、障害者雇用対策課長、職業安定局長、厚生労働審議官を務め、障害者の雇用促進に深く関わった。
同省を退職後、2022年5月、SACECの顧問に就任。
本年10月、FVP・執行役員となる。
これからも障害者雇用へのかかわりを深めていきたいと考えている。