ライフワークとして、障害者雇用にこれからも
※この文章は、一般社団法人日本職業協会の会員誌「清流」(2023年中秋号)に寄稿したものです。
私は、厚生労働省を退職するまで36年余り、皆様のご指導・ご支援をいただきながら、様々な分野の仕事に携わることができました。その中にあって、職業安定行政は、地方勤務を含めるとおよそ13年半と、最も長く経験した分野です。
とりわけ心に刻まれたのは、障害者雇用対策です。課長補佐・課長として通算で4年間にわたり携わったことは、今はこの分野をライフワークと考える私にとって、何より幸運で幸せなことでした。
障害を持つ方々の適性と能力を見い出して、企業の戦力として活躍できる場を用意する。その仕事の魅力に初めて触れたのは、太田俊明課長が率いる30年ほど前の障害者雇用対策課です。その後、長野県に職業安定課長として勤務した時は、知的障害者を雇用するモデル的な事業所の設立を支援するなど、施策を推進する第一線の現場も経験しました。
平成16年には、障害者雇用対策課長を拝命。労働基準局監督課の調査官だった私は、「労働契約法制の検討に力を尽くしたい」と思っていたのに、内示を受けた瞬間、その考えが吹き飛んでしまったことを鮮明に覚えています。就任後は、障害者雇用や就労支援の現場を足繁く訪ねるとともに、当時まだ低調だった大企業における雇用の促進にも、注力しました。
職業安定局長に就任した時、局内の最大の懸案事項だったのは、公的機関における障害者雇用の不適切計上の問題でした。ことの重大さを認識した私は、「これは私に与えられた使命だ」と受け止め、対応に力を尽くしました。この問題をめぐる国会審議では、雇用と福祉の連携についても多くの厳しい意見を頂戴し、厚生労働審議官就任後には、職業安定局と障害保健福祉部による省内プロジェクトチームを立ち上げて、検討を進めました。
入省以来、男女雇用機会均等法の改正や働き方改革法など、働き方に大きな変革をもたらす仕事に度々携わらせていただきましたが、私の公務員生活の中核には、いつも障害者雇用対策があったと思います。
厚生労働省を退職した後も、障害者雇用に関わりたいと考えていたところ、幸いにもSACEC(一般社団法人障害者雇用企業支援協会)の畠山千蔭理事長から、お声がけをいただきました。そして、SACEC顧問の立場で、障害者雇用を積極的に進めている企業などを訪ね、「企業訪問記」を作成して会員や関係者に発信しています。
久しぶりに現場を歩いてみると、知的障害者や精神障害者に雇用が広がる中で、企業の弛まぬ努力と新たな展開に、目を見張るばかりです。私が目にすることができた限られた事例の中でも、など、枚挙にいとまがありません。
一方で、障害者雇用は、厳しい現実にも直面しています。法定雇用率未達成企業が未だ半数以上に及ぶうえに、中小企業を中心に、障害者雇用を経験したことがない「0人雇用企業」が多数存在しています。
法定雇用率は、今後、段階的に大きく引き上げることが決定されています(民間企業で、2.3%(現行)→2.7%(2026年7月~))。今般の引上げに対応するには、特例子会社を設置している企業グループでも、特例子会社任せにするのではなく、親会社も率先して取り組むことが必要となるでしょう。また、これまでの継続的な引上げを背景に、いわゆる障害者雇用ビジネス(※)の利用が進み、その是非が国会でも取り上げられました。今後どのように推移していくのか、注視する必要があります。
どのような考えや方針をもって、障害者雇用に取り組むのか。今、それぞれの企業の姿勢があらためて問われていると思います。
(※)「障害者雇用ビジネス」は、厚生労働省の説明では、「障害者の就業場所となる施設・設備(農園、サテライトオフィス等)及び障害者の業務の提供等を行う事業」とされています。
そのような中、障害者雇用のこれからを考える時、私は、障害者雇用を起点とする、いくつもの「広がり」を実感し、大きな意義を感じています。
第一に、情報共有と人脈の「広がり」です。
障害者雇用の世界では、企業秘密はほとんどありません。ある特例子会社では、「蓄積したノウハウは、障害者雇用を進めようとする企業に、惜しみなく提供している」とのお話がありました。情報の共有は、地域も業種も超えて広がり、そこから得られる人と人のつながりは、何物にも代えがたい価値があります。
第二に、当事者参加の「広がり」です。
2024年4月には、改正された障害者差別解消法が施行され、事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から必要である旨が表明された場合には、「社会的障壁の除去の実施」について合理的な配慮を提供することが、新たに義務となります。商品開発や接客などの場面に当事者の視点が入ることによって得られる効果や意義は、これまでもよく耳にしますが、この改正で、その動きが加速することでしょう。
なにより「合理的配慮の提供」といえば、障害者雇用促進法には、既に同様の規定があります。究極の当事者参加とも言える障害者雇用を進めている企業であれば、雇用の場面で既に経験済みです。その経験は、これから大いに役立つに違いありません。
第三に、ダイバーシティの「広がり」です。
昭和51年に雇用率制度に基づく雇用義務が規定された障害者雇用は、雇用における多様性への対応の原点です。その障害者雇用も、身体障害から知的障害へ、さらには、精神障害、発達障害、難病へと、対象を着実に広げてきました。雇用におけるダイバーシティは、外国人、LGBTQなど、時代とともに、さらなる広がりを見せています。
就業環境の整備や上司・同僚の理解が肝要ですが、障害者雇用における経験があれば、そこから得られる様々な示唆によって、企業は対応を深めることができることでしょう。
私自身、今、あらためて障害者雇用をめぐる人と人のつながりに加わって、その豊かさとありがたさを実感しています。企業訪問で得た新しいつながりもたくさんあれば、懐かしい人との親交が復活するという、嬉しい出来事もありました。10月からは、20年来の友人が障害者雇用を進める企業を支援している会社に、仲間入りしています。
障害の有無にかかわらず、ともに働き、社員も会社も成長する。そんな社会の実現を目指して、これからも微力を尽くしていきたいと思います。引き続き、ご指導を賜ることができれば幸いです。
*掲載した資料や写真は、各社からご提供いただいたものです。
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
《厚生労働省で、障害者雇用対策に携わる》
とりわけ心に刻まれたのは、障害者雇用対策です。課長補佐・課長として通算で4年間にわたり携わったことは、今はこの分野をライフワークと考える私にとって、何より幸運で幸せなことでした。
障害を持つ方々の適性と能力を見い出して、企業の戦力として活躍できる場を用意する。その仕事の魅力に初めて触れたのは、太田俊明課長が率いる30年ほど前の障害者雇用対策課です。その後、長野県に職業安定課長として勤務した時は、知的障害者を雇用するモデル的な事業所の設立を支援するなど、施策を推進する第一線の現場も経験しました。
平成16年には、障害者雇用対策課長を拝命。労働基準局監督課の調査官だった私は、「労働契約法制の検討に力を尽くしたい」と思っていたのに、内示を受けた瞬間、その考えが吹き飛んでしまったことを鮮明に覚えています。就任後は、障害者雇用や就労支援の現場を足繁く訪ねるとともに、当時まだ低調だった大企業における雇用の促進にも、注力しました。
職業安定局長に就任した時、局内の最大の懸案事項だったのは、公的機関における障害者雇用の不適切計上の問題でした。ことの重大さを認識した私は、「これは私に与えられた使命だ」と受け止め、対応に力を尽くしました。この問題をめぐる国会審議では、雇用と福祉の連携についても多くの厳しい意見を頂戴し、厚生労働審議官就任後には、職業安定局と障害保健福祉部による省内プロジェクトチームを立ち上げて、検討を進めました。
入省以来、男女雇用機会均等法の改正や働き方改革法など、働き方に大きな変革をもたらす仕事に度々携わらせていただきましたが、私の公務員生活の中核には、いつも障害者雇用対策があったと思います。
《障害者雇用は、目覚ましく進展》
久しぶりに現場を歩いてみると、知的障害者や精神障害者に雇用が広がる中で、企業の弛まぬ努力と新たな展開に、目を見張るばかりです。私が目にすることができた限られた事例の中でも、
創立30周年を迎え、身体障害者から知的障害者、精神障害者へと着実に雇用を拡大するとともに、製造部長をはじめ、障害を持つ多くの幹部社員が活躍する「株式会社ダイキンサンライズ摂津」(摂津市)
サステナブルチャーターフライトへの聴覚障害を持つ社員の搭乗や、空港で乗客の預入荷物を航空機に搭載する業務(グランドハンドリング)への参入など、グループの本業への参画に次々と挑んでいる「株式会社JALサンライト」
障害を持つ社員たちが仕事の受注も進行管理も行い、「自分たちで考え、相談し合い、主体的に」仕事を進めている「東急リバブルスタッフ株式会社」
全国に点在する在宅勤務社員が、SE・プログラミング業務などに活躍し、「輝くテレワーク賞」厚生労働大臣表彰を受賞した「三菱商事太陽株式会社」(別府市)
就労継続支援事業所(A型・B型)を工場に併設し、クリーニング業の様々な仕事を活用して、働き方の多様な選択肢とステップアップの機会を提供している「南九イリョー株式会社」(鹿児島市)
《企業の姿勢が、あらためて問われている》
法定雇用率は、今後、段階的に大きく引き上げることが決定されています(民間企業で、2.3%(現行)→2.7%(2026年7月~))。今般の引上げに対応するには、特例子会社を設置している企業グループでも、特例子会社任せにするのではなく、親会社も率先して取り組むことが必要となるでしょう。また、これまでの継続的な引上げを背景に、いわゆる障害者雇用ビジネス(※)の利用が進み、その是非が国会でも取り上げられました。今後どのように推移していくのか、注視する必要があります。
どのような考えや方針をもって、障害者雇用に取り組むのか。今、それぞれの企業の姿勢があらためて問われていると思います。
(※)「障害者雇用ビジネス」は、厚生労働省の説明では、「障害者の就業場所となる施設・設備(農園、サテライトオフィス等)及び障害者の業務の提供等を行う事業」とされています。
《障害者雇用を起点とする「広がり」》
第一に、情報共有と人脈の「広がり」です。
障害者雇用の世界では、企業秘密はほとんどありません。ある特例子会社では、「蓄積したノウハウは、障害者雇用を進めようとする企業に、惜しみなく提供している」とのお話がありました。情報の共有は、地域も業種も超えて広がり、そこから得られる人と人のつながりは、何物にも代えがたい価値があります。
第二に、当事者参加の「広がり」です。
2024年4月には、改正された障害者差別解消法が施行され、事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から必要である旨が表明された場合には、「社会的障壁の除去の実施」について合理的な配慮を提供することが、新たに義務となります。商品開発や接客などの場面に当事者の視点が入ることによって得られる効果や意義は、これまでもよく耳にしますが、この改正で、その動きが加速することでしょう。
なにより「合理的配慮の提供」といえば、障害者雇用促進法には、既に同様の規定があります。究極の当事者参加とも言える障害者雇用を進めている企業であれば、雇用の場面で既に経験済みです。その経験は、これから大いに役立つに違いありません。
第三に、ダイバーシティの「広がり」です。
昭和51年に雇用率制度に基づく雇用義務が規定された障害者雇用は、雇用における多様性への対応の原点です。その障害者雇用も、身体障害から知的障害へ、さらには、精神障害、発達障害、難病へと、対象を着実に広げてきました。雇用におけるダイバーシティは、外国人、LGBTQなど、時代とともに、さらなる広がりを見せています。
就業環境の整備や上司・同僚の理解が肝要ですが、障害者雇用における経験があれば、そこから得られる様々な示唆によって、企業は対応を深めることができることでしょう。
《これからも》
障害の有無にかかわらず、ともに働き、社員も会社も成長する。そんな社会の実現を目指して、これからも微力を尽くしていきたいと思います。引き続き、ご指導を賜ることができれば幸いです。
*掲載した資料や写真は、各社からご提供いただいたものです。
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
土屋喜久(つちや・よしひさ)
株式会社FVP 執行役員
一般社団法人障害者雇用企業支援協会(SACEC) 顧問
学校法人ものつくり大学 顧問
1962年生まれ、群馬県出身。
厚生労働省において、障害者雇用対策課長、職業安定局長、厚生労働審議官を務め、障害者の雇用促進に深く関わった。
同省を退職後、2022年5月、SACECの顧問に就任。
本年10月、FVP・執行役員となる。
これからも障害者雇用へのかかわりを深めていきたいと考えている。