会社探訪 〜土屋喜久が訪ねた障害者雇用の最前線〜

HOPE神田(一般社団法人ホープIT訓練センター)

皆さん、こんにちは。
今回の訪問は、HOPE神田です。

昨年12月に文京区障害者就労支援センターを訪問した際に、就労移行支援事業所のパンフレット類が多数陳列されているのを拝見。あまりの多さに、センター長の藤枝洋介さんに、「都内で、特徴があるとお考えの事業所としては、どこがありますか?」とお尋ねしたところ、HOPE神田をご紹介いただきました。

HOPE神田は、神田駅西口商店街に面したビルの3階にあります。私が10月から執行役員を務める株式会社FVPのオフィスからも、徒歩5分ほどの「ご近所さん」です。

そこで、FVPの社員と一緒に、HOPE神田を訪問。理事・施設長の山本太朗さんに、ご対応いただきました。





《知的障害者を中心に、事務系の就職を実現》

HOPE神田の前身となる事業所は、2008年に開所。株式会社によって運営されていましたが、2011年に、一般社団法人ホープIT訓練センターによる運営に移行。現在は、就労移行支援事業(定員20名)と就労定着支援事業を実施しています。

開所以来の利用者の障害種別を見ると、療育手帳の所持者(知的障害者)が54%、精神障害者保健福祉手帳の所持者(発達障害者)が30%となっていて、年代別では20歳代前半が多いとのこと。

利用の契機は、地域の支援機関・相談窓口などからの紹介が6割と多く、インターネット経由が3割(親からの相談が多いそうです)とのことでした。

また、これまでに110名の利用者が就職を実現。就職先としては、一般企業が61%、特例子会社が27%とのこと。職種別では、一般事務・事務補助が75%を占めています。直近の6年間では、コロナ禍の影響を大きく受けた年度もある中で、各年度5~11名と、着実に就職実績を上げています。


《着実な実績には、いくつものポイントが》

このように、HOPE神田は、その支援対象は知的障害者が中心で、目指す就職が事務系に特化している点に、大きな特徴があります。

都心の就労移行支援事業としては、やや珍しいと思われるこの特徴ながら、着実に実績を上げているのは、なぜか? 山本さんのお話を伺っているうちに、いくつものポイントが浮かび上がってきました。

第一に、訓練のプログラムです。

法人の名前には「IT訓練センター」とあり、パソコンを使った訓練も多く取り入れられていますが、パソコンのスキルを獲得することを第一の目的としてはいないとのこと。目指しているのは、職業準備性の向上であり、力を入れているのは、社会性やコミュニケーションスキルとのお話でした。

1週間の訓練プログラムを見ると、午前・午後に分けられた各コマには、ExcelやWordのほかに、SST(「ビジネスコミュニケーション」)、コミュニケーショントレーニング、ビジネスマナーなどの課目が並んでいます。

山本さんのお話では、「オフィスの模擬環境を用意しているのも、特徴のひとつ」とのこと。教室がふたつあり、訓練生の障害特性等に応じ、場所を分けて訓練を実施している点も、成果につながっているとのお話でした。

当日は、オフィスの床清掃の場面を想定したSSTを見学。在席している社員にどのように声をかけて掃除を進めるか、指導員と訓練生の間で、場面に即した実践的なやり取りがなされていました。




もうひとつのポイントは、これまでの事業の積み重ねから、教材やマニュアルを通じて、訓練や支援の内容が標準化されていること。アセスメントも、JEED(※)の地域障害者職業センターが実施する職業評価を参考にしつつ、独自の技法を確立。これらの標準化によって、指導員は、訓練生の受講状況や評価などの情報を共有しやすく、一定のアセスメントに基づく個別支援ができるようになっているとのことでした。
   (※)JEED=独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構

指導員の皆さんは、民間企業からの転職組が多いそうです。山本さん自身も、社会的な課題に対応する仕事がしたいという思いから、企業から転身したひとりとのこと。指導員の中には、福祉系の資格以外にキャリアコンサルタントやMOS(マイクロソフト オフィス スペシャリスト)の資格を持つ人もいるそうで、このような指導員が持つバックグラウンドも、訓練の効果を上げる大きな要素となっているとお見受けしました。

さらに、HOPE神田では、訓練生の家族との意思疎通も重視しています。
訓練生本人と3か月ごとに個別面談を実施する際には、支援機関の担当者だけではなく、家族にも同席いただく機会が多いとのこと。アセスメントの結果も活用しながら、訓練内容の理解や状況の共有を図ります。
日々の就労支援を行っていく前提として生活環境の把握や家族の理解が重要であり、進路の選択に当たっても、家族の考え方が大きな影響力を持つことに着目した、積極的な対応であると感じました。


《神田という地の利も活かして》

一方、HOPE神田が着実に成果を上げている背景には、地理的な条件もありそうです。

HOPE神田がある千代田区では、人口が少ないにもかかわらず、19か所もの就労移行支援事業所が並立。区民による利用は多いとは言えない状況にあります。

その反面、神田駅にほど近い立地は、交通の便の良さから、近隣の県を含めた広い地域からの通所が可能。HOPE神田の支援の特徴を理解し、質の高い支援を求めて、遠隔地からも利用者が集まってきている状況にあるようです。

東京の都心部ならではの事情かも知れませんが、その事情を十分に活かした運営で、就労移行支援事業と就労定着支援事業のみというシンプルな事業展開にもかかわらず、堅実な運営を維持しておられるとお見受けしました。


《「オフィス実習」で、支援機関との連携を深める》

HOPE神田が昨年10月から始めた新しいサービスに、「オフィス実習」があります。

HOPE神田で3~10日間、訓練生と一緒に訓練に参加。この実習を通じて事業所が「ワークステップシート(実習評価表)」を作成し、振り返り面談の際に提供します。実習の目的は、「ご本人の就労における準備性を確認し、今後の就労に向けたステップを検討する際の参考にしていただきたい」としています。

オフィス実習は、無料で実施。訓練生の「集客」とは無関係と明確に位置づけた上で、実施しているとのこと。リーフレットにも、「就労移行支援事業所の利用を考えていない方でもお気軽にお申込いただけます」と書かれています。






サービスを利用した学校や支援機関からは、好評価を得ているとのこと。例えば、進路の選択を相談する際、本人や家族の自己評価と学校などから見た評価の間に、大きな開きがあり、相談がうまく進まないことがあります。そのような場面に直面した学校などから、このサービスの利用の相談があるとのお話でした。

ワークステップシートでは、「健康生活」「対人関係」「ビジネスマナー」「作業遂行」の4つの領域で、24項目の評価を実施します。加えて、「良かった点」や「就職に向けて取り組むと良いと思われる点」も記載。客観的なデータとして、大いに役立ちそうです。

このサービスに対する評価は、HOPE神田に対する信頼にもつながっており、学校や支援機関との連携を深めることにも、大いに役立っているとのこと。実習で学校や支援機関の担当者が来所する機会も増えて、HOPE神田の支援内容を知っていただくきっかけにもつながっている面もあるとのお話でした。

一方で、オフィス実習は、福祉サービスに対する公費による報酬の対象外ですので、無料による実施は、事業所としても、担当する職員にとっても、大きな負担となるはずです。この点に関しては、職員の高いモチベーションに支えられながら、事業所全体の業務の効率化を進めることによって、対応しているとのことでした。

2022年の臨時国会で成立した障害者総合支援法の改正によって、2025年から、就労支援系の新たな事業として、就労選択支援事業が新たに始まる予定です。

事業の具体的な内容がまだ明らかになっていないこともあり、HOPE神田では、この事業を手掛けるかどうか決めていないそうですが、オフィス実習が、その先駆けと言える取組であることは、間違いありません。

HOPE神田が、これからも時代を先取りする取組を展開し、より多くの利用者が就職を実現することを期待したいと思います。

《自社PR》

オフィスワークに関心のある発達障がい・知的障がいの方に特化した訓練環境で、一人ひとりに行き届くきめ細かな就労支援を強みにしています。言語や行動に障がい特性をお持ちの方も安心して通っていただける環境づくりに努めています。千代田区で10年以上の支援実績があります。働き続けるために最も必要とされる対人スキルやソーシャル(社会)スキルを磨いていただくことを大切にしています。他の支援機関や医療機関、ご家族とも連携いたします。

《会社概要》

*掲載した資料や写真は、各社からご提供いただいたものです。
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
土屋喜久(つちや・よしひさ)

株式会社FVP 執行役員
一般社団法人障害者雇用企業支援協会(SACEC) 顧問
学校法人ものつくり大学 顧問

1962年生まれ、群馬県出身。
厚生労働省において、障害者雇用対策課長、職業安定局長、厚生労働審議官を務め、障害者の雇用促進に深く関わった。
同省を退職後、2022年5月、SACECの顧問に就任。
本年10月、FVP・執行役員となる。
これからも障害者雇用へのかかわりを深めていきたいと考えている。