会社探訪 〜土屋喜久が訪ねた障害者雇用の最前線〜

トヨタループス株式会社

皆さん、こんにちは。
今回の訪問は、トヨタループス株式会社です。

12月に、愛知県を訪問しました。訪問のひとつの目的は、ポリテクセンター中部(愛知県小牧市)(※)を会場として開催された「建設専門工事業 合同体験フェア2022」の見学です。この催しは、工業高校などの生徒たちに建設関係のいろいろな職種の仕事を体験してもらおうと、建設産業専門団体中部地区連合会が主催して、3日間開催されたものです。

(※)ポリテクセンターは、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)が運営する公共職業能力開発施設で、全国に60か所設置されています。

この日程に合わせて、トヨタループスの有村秀一社長に同社の見学をお願いし、12月15日、有村社長、清水康史取締役、管理部経理・総務Gの吉永香織主任にご案内いただいて、豊田市にある本社と上郷分室を訪問しました。


《本社は、トヨタ本館の目の前に》

トヨタループスは、トヨタ自動車株式会社を親会社として、2008年に設立されました。

当時、トヨタでは、中途障害の社員を中心に身体障害者の雇用は進んでいたものの、障害を持つ社員の退職が今後進むことを見通しつつ、実雇用率を確保し、知的障害者や精神障害者の雇用も進める観点から、ループスの設立に至ったとのことです。

現在では、全社員510名のうち、障害を持つ社員は395名。障害別では、知的障害が148名、精神障害が124名、身体障害が123名と、多様な障害に対応した雇用が進められています。

地域一帯がトヨタ一色となっている「豊田市トヨタ町」の中で、ループスの本社ビルは、トヨタの本社が入る「トヨタ自動車本館」に隣接した一角にあります。この位置関係だけみても、トヨタの意気込みが感じられます。




《巨大な会社の特例子会社として》

トヨタループスは、社員約8万人を擁するトヨタ自動車の特例子会社として、多彩な業務を展開しています。見学の際にいただいた「トヨタループス 業務紹介」と題したA4一枚のリーフレットには、「印刷・メールだけじゃない!」というコメントとともに、ひとつひとつの業務を紹介する写真がびっしりと。数えてみると、なんと51枚もあります。

見学した職場の中で、スケールの大きさを実感したのは、社内便の集配達業務とシュレッダー作業です。

トヨタの社内便といっても、愛知県内にはたくさんの事業所・工場があります。ループスでは、これらを宛先とする社内便を回収・仕分けして配達するとともに、社外への郵便物の発送手続も行っているとのこと。本社ビルの1階にある作業室は、大規模な郵便局さながらの広い空間に、仕分け棚がずらりと並び、壮観でした。ちなみに、ループスは、特定信書便事業と貨物自動車運送事業の許可を取得しているそうです。




シュレッダーの作業では、各事業所・工場で発生した細断を要する書類をまとめて処理しています。依頼する側の負担を軽減するため、書類をそのまま預かり、金属のクリップやクリアファイルを丁寧に取り除き、シュレッダーに投入します。細断後はリサイクル業者に引き渡すとのことですが、その量は一日で約2トンとなるとのことです。


《新しい職域を開拓 ~アノテーション、看護助手》

コロナの感染拡大に伴い、トヨタでテレワークやペーパーレス化が進み、トヨタループスでは、特に事務補助業務が大きく減少したとのこと。この状況に打ち克つべく、新しい職域の開拓に力を注いでいます。

そのひとつがアノテーション。画像をAI(人工知能)に学習させる作業です。

見学では、モニターに映る画像の中から横断歩道と信号を拾い出し、タグ付けしているところを拝見しました。この作業は、自動運転技術に欠かせない工程として、依頼も増えているそうです。これからの自動車の姿を思い浮かべれば、これはループスにとって、将来有望な職域かもしれません。




さらに新しい職域が、病院です。

トヨタ自動車には、トヨタ記念病院があります。この病院で、ループスの社員が看護助手として、ベッドメーキング、器具の洗浄などの作業に携わっているとのこと。「医療機関の障害者雇用ネットワーク」(代表世話人:依田晶男さん)(※)から得た情報も参考にして、取り組んでいるそうです。

(※)代表世話人の依田さんは、厚生労働省で障害者雇用対策課調査官を務めた経験をお持ちの、行政の先輩です。「ネットワーク」のホームページはこちらです。
→ https://medi-em.net/




有村さんは、病院にアプローチしてみて、「トヨタ」なのに「カイゼン」が進んでいない、こんな領域がまだ残っていたんだと、びっくりされたそうです。病院で働いた社員からは、例えば、同じ作業でも職場ごとにやり方が違って戸惑ったという話が。作業の効率をとことん追求するものづくりの現場なら、手順を統一する、ラインごとではなく一括して処理するなど、工夫を尽くすのに・・・というわけです。

医療の現場でも、医師の働き方改革や担い手確保の観点から、タスクシェアリングやタスクシフト、いわゆるコ・メディカルの活用など、専門職が専門の業務に集中できる環境の整備が進められようとしています。病院は、資格を持つ専門職が活躍する領域が多い職場ではあるものの、障害を持つ方々にとっても大きな可能性を秘めていると、有村さんのお話を伺って感じました。


《自動車製造の現場に入ってこそ》

もうひとつの新しい試みが、自動車製造の現場作業への参入です。この業務こそ、エンジニア出身の有村さんの思いがいちばん込められた新機軸です。

自動車製造の中核的な部分で、ループスの社員が活躍できないか。それでこそ、トヨタの特例子会社としての意義もある。そういう信念のもとで開拓された職域です。既にトヨタの4つの工場にループスの分室を設けて、エンジンの組付けに必要な部品を整えて準備する作業などを行っています。ループスのホームページでも、業務の紹介の一番手に「自動車部品の組付け補助」が掲げられています。

そして、上郷分室(トヨタ自動車上郷工場の中にあります)では、エンジンの組付け作業そのものにループスの社員が携わっています。今回、上郷分室の鈴木寛人室長、トヨタ自動車上郷工場の神智彦副課長にご案内いただき、その現場を見せていただきました。




神さんのご説明によれば、上郷工場の試みは、もともとはトヨタが始めたもので、製造ラインに従事する社員の高齢化に対応し、技能を持つ社員が活躍し続けることができる環境をつくることを目指したものとのこと。このプロジェクトが広がって、女性の活躍にも着目し、さらにループスに広がったそうです。

同じ作業は、24時間操業で自動化された量産ラインでも行われていますが、上郷分室では、機械や治具に工夫を凝らし、手作業で組付けが行われています。とはいえ、ここで作られたパーツは、市販される車に搭載されるとのこと。品質の面では一歩も妥協が許されない作業です。




この現場は、トヨタ工業学園の生徒の学びの場としても、活用されているそうです。いわば製造の原点に立ち返る場でもあると言えそうです。小ロット生産にも対応しやすい強みを活かしつつ、ダイバーシティと技能伝承の両面を追求する場として、たいへん興味深く感じました。

有村さんのお話では、この業務でループスの皆さんが働くようになって、製造現場のトヨタ社員の、障害や障害者への理解が大きく進んだとのこと。そのことを語る有村さんの嬉しそうな表情がとても印象的でした。


《業務を拡大する一方で》

このように次々と新しい職域を打ち出し、業務を拡大しているトヨタループスですが、最近、有村さんたちが頭を悩ませているのは、採用難です。

トヨタ本体で退職する社員の分の補充に加え、法定雇用率の引き上げにも備えて、ループスでは、毎年50人規模の採用を続けているとのこと。ところが、今年度は、特別支援学校の高等部2年生の実習希望が例年に比べて大きく減少しているそうです。愛知県における障害者雇用の拡大が、ループスの採用にも影響を及ぼしているのでしょう。有村さんからは「立地の面からクルマ通勤が基本となることが、影響しているかもしれない」というお話がありました。

障害者雇用を進めようとする企業にとって厳しい状況と思いつつも、このような企業間の「競争」は、全体として雇用の質の向上につながる面もあると考えます。働きやすく、働きがいのある職場づくりが進むことを期待したいと思います。


《国際アビリンピックに参加》

ループス本社内にある、書類のPDF化などを担当する部門で、3月にフランスで開催される「第10回 国際アビリンピック」に出場する社員に出会いました。「写真撮影(屋外)」に出場する小島未来さんです。聴覚に障害をお持ちですので、筆談で大会出場に向けた思いを語っていただきました。

トヨタループスには、「英文ワープロ」に出場する社員もいます。加えて、看護師の資格を持つ社員が、日本選手団をサポートするスタッフとして派遣されるとのことです。ループスの社員の皆さんにとって、とても楽しみな大会となることでしょう。


(国際アビリンピックに出場した小島未来さんと山本巧さん)


《障害への理解を進める》

トヨタループス社員の「対外的な活躍」は、アビリンピックだけではありません。

ループスの特色ある取組に、「心のバリアフリー研修」があります。障害への理解を進めるために、障害を持つループスの社員が講師となって実施している研修で、車いすに乗って段差を経験するなど、実体験を通じてより深い理解を目指そうとするものです。




トヨタの幹部は、必ず受講しているとのこと。そして、ループス本社はもとより、トヨタの東京本社も会場として、他社の社員が多数受講しているそうです。異なる業種の企業の受講も多く、その成果を持ち帰って、自社の取組として同じ研修を始めたところもあるとのことです。

このような取組は、社会全体で理解を進めていくためにも意義あるものであり、こうした動きがもっと広がることを願っています。


《大きな転換期を迎える中で》

自動車製造の世界は今、EV(電気自動車)への移行など、大きな転換の時期を迎えています。EVになれば、駆動装置はモーターとなり、複雑で多岐にわたる工程を必要としたエンジンの組立作業はなくなります。上郷分室の試みも、この大きな流れの中にあり、いずれ次の展開が求められます。

トヨタループスの会社案内には、「私たちは挑戦し続けます」とありました。日本を代表する企業グループの一員であるトヨタループスが、時代の大きな変化に対応した新しい挑戦を通じて、障害者雇用の進展にこれからも大きく貢献されることをご期待申し上げます。


《追記 ~ 再訪問しました》

2023年の全国アビリンピックは、11月に愛知県で開催されました。

この時期にあわせて、11月17日、トヨタループスが、SACEC関係者向けに同社の見学会を企画しました。私も参加させていただき、1年ぶりに再び同社を訪問することができました。

今回の見学会では、前年に見学した本社や上郷工場のほかに、トヨタループスの社員が働いている大口第2部品センターとトヨタ記念病院にも、ご案内いただきました。

トヨタ記念病院では、トヨタループスの社員が、病院を運営しているトヨタ自動車に出向して、看護師などの専門職と協働している様子を見学。5月に完成したばかりの真新しい病棟の中で、事務補助的な仕事だけではなく、救急救命の中核であるICU(集中治療室)で、ベッドメーキングや機材の準備などに活躍し、専門職の皆さんから大きな信頼を得ていることに、感銘を受けました。トヨタループスの新しい職域への挑戦、グループ本業への「進出」が、着実に進んでいることを実感した再訪問となりました。




《自社PR》

トヨタ自動車を親会社に持つ特例子会社として15年目を迎えました。
当初は90名でスタートし、現在は550名、愛知県内に10分室、東京名古屋にそれぞれ事業所を配置(2023年12月現在)。
業務内容は、親会社からの業務委託(印刷・メール便・清掃業務等)に加え、自動車の要であるエンジン工場の製造ラインで部品組付け・準備作業を行えるまでに成長いたしました。
障がい者「でも」出来る仕事から、障がい者「だから」出来る仕事を―。親会社とともに、社員の成長と働きやすい職場づくりを目指しています。

《会社概要》

*掲載した資料や写真は、各社からご提供いただいたものです。
*文中の「ショウガイ」の標記については、引用部分などを除き、法令と同様の「障害」としています。
土屋喜久(つちや・よしひさ)

株式会社FVP 執行役員
一般社団法人障害者雇用企業支援協会(SACEC) 顧問
学校法人ものつくり大学 顧問

1962年生まれ、群馬県出身。
厚生労働省において、障害者雇用対策課長、職業安定局長、厚生労働審議官を務め、障害者の雇用促進に深く関わった。
同省を退職後、2022年5月、SACECの顧問に就任。
本年10月、FVP・執行役員となる。
これからも障害者雇用へのかかわりを深めていきたいと考えている。