障害者雇用の何が変わるのか/改正障害者雇用促進法解説

【1.はじめに】

障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律」が、2022(令和4)年の臨時国会で成立し、同年12月16日に公布されました。

この法律は、障害者総合支援法、障害者雇用促進法、精神保健福祉法など、障害関連を中心に約30の法律を一括して改正した法律です。障害関連のそれぞれの法律は、互いに密接に関連しているので、ばらばらでなく、まとめて見直すほうが現実的で、政策の一貫性も高まります。このような一括改正は、障害分野だけでなく、他の分野の制度改正でも使われる手法です。

法律の名称には、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」、つまり「障害者総合支援法」だけが代表として掲げられています。でも、そのあとに「等」と書いてあることにお気づきでしょうか。この「等」の中に、障害者雇用促進法や精神保健福祉法など、そのほかの法律が含まれているのです。

この記事では、約30の法律のうち、民間企業にとって影響が大きい「障害者雇用促進法」の改正に焦点を絞ります。ポイントはズバリ、「雇用の質の向上」です。

昨今問題となっている「雇用代行ビジネス」や、今後の法定雇用率の引き上げなど、障害者雇用をめぐる最新の動向にも触れながら、解説していきます。

なお、本稿で参考とした最新情報は、2023(令和5)年2月2日の労働政策審議会・障害者雇用分科会を基にしています。その後、同分科会は2月下旬、3月中旬と下旬にも開かれる予定ですので、情報が変化する場合があります。ご注意ください。

【2.事業主の責務を明確化】

改正された障害者雇用促進法には、いくつかの新しい施策が盛り込まれました。その中で最も強調されているのが、「雇用の質の向上」です。

政府の労働政策審議会・障害者雇用分科会でも重要視された観点であり、改正法にも同分科会の考えが色濃く反映されました。

まず、「事業主の責務」を定めた条文(第5条)が改められ、「職業能力を開発し、向上させるための措置」の実施が加わりました。2023(令和5)年4月から、すべての企業に適用されます。

第5条は努力義務ではありますが、新たに単に障害者を雇うだけでなく、仕事をする能力を磨き、アップさせるよう、企業は努力しなければなりません。

【3.調整金・報奨金の見直し】

障害者雇用促進法では、法定雇用数を達成していない企業から「納付金」を徴収し、達成している企業に「調整金」や「報奨金」を支給しています。

下の図で、「納付金」「調整金」「報奨金」のしくみを、簡単におさらいします。
※図は独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構のホームページより一部抜粋。
「調整金」と「報奨金」は、法定雇用数を上回って雇っている障害者の「人数」に応じて支給されるのです。

一方、「助成金」は原則、雇っている障害者の数を評価するのではなく、企業の取り組み内容により、支給の判断がなされます。障害者が働きやすいように、能力を発揮できるように、ハードやソフトを充実させた企業に助成するので、「雇用の質の向上」が期待できます。

では、「調整金」「報奨金」「助成金」にはそれぞれ、どのくらいの金額が使われているのでしょうか。令和3年度の実績では、次のようになっています。
厚生労働省は、「調整金」と「報奨金」に支出が偏りすぎていて、「助成金」が少ないと判断しました。

そこで、「調整金」や「報奨金」を見なおすことにしました。2023(令和5)年2月2日の労働政策審議会・障害者雇用分科会では、厚生労働省から次の案が示されました。

<調整金>
支給対象の障害者が10人までについては、これまでどおり1人あたり月27,000円とするが、10人を超える分については23,000円へ引き下げる。

<報奨金>
支給対象の障害者が35人までについては、これまでどおり1人あたり月21,000円とするが、35人を超える分については16,000円へ引き下げる。

【4.助成金の新設】

厚生労働省は「調整金」「奨励金」へ投じるお金を抑制し、その分を「助成金」に回して、雇用の質の向上を図ることにしました。

2024(令和6)年4月に、次の2点をサポートする助成金を新たに設けます。2023(令和5)年2月2日の労働政策審議会・障害者雇用分科会では、厚生労働省から次の新しい助成金が示されました。
助成金を新設することで、「雇用の質の向上」に取り組む企業を評価し、経済的に支援するのです。

また、厚生労働省は、法定雇用率の引き上げや、除外率の引き下げの影響を受ける企業に、助成金の上乗せや既存助成金の拡充を行って、雇用の質の向上を促す考えです。

【5.短時間労働者の実雇用率算定】

一方、厚生労働省は引き続き、企業が雇用する障害者数も、増やしていく方針です。このため、改正障害者雇用促進法で、週の所定労働時間が特に短い人を、実雇用率にカウントできるようにしました。施行は、2024(令和6)年4月1日です。

対象になるのは、以下の人たちです。
一般的に、長時間働くのが難しいとされている人たちです。
週の所定労働時間が「10時間以上20時間未満」の
・重度の身体障害者
・重度の知的障害者
・精神障害者
企業に雇用義務が課されているのは、「週の所定労働時間が20時間以上」の障害者です。この点は法改正後も変わりません。
週の所定労働時間が「10時間以上20時間未満」の人たちについても、企業に雇用義務はないけれども、雇った場合には、その企業の実雇用率に反映できる、ということになります。

週の所定労働時間が20時間未満だと、雇用保険に加入できません。でも、「短時間なら働ける」「短時間でも働きたい」という人たちには、チャンスが広がりそうです。
また、実雇用率を高めたい企業にとっても、「プラスの改正」と言えます。

参考に、実雇用率へのカウント方法を、厚生労働省の資料を基に、下の表にまとめておきます。赤い枠の部分が、2024(令和6)年4月からスタートします。
一方、この見直しに伴い、「特例給付金」が廃止されます。
「特例給付金」は、週の所定労働時間が「10時間以上20時間未満」の障害者を雇う企業に、障害者数に応じて1人あたり月7,000円(常用労働者100人以下の企業は1人あたり月5,000円)を支給するものです。

【6.その他の改正事項】

障害者雇用促進法の改正では、このほか、2023(令和5)年4月から次の事項が施行されます。

①「事業協同組合等算定特例」に「有限責任事業組合」(LLP)を追加

「事業協同組合等算定特例」は、事業協同組合のスキームを活用し、複数の中小企業の実雇用率を通算できる特例制度です。複数の中小企業が共同で雇用機会を確保することができます。

この制度の対象に、「有限責任事業組合」(LLP)を加えます。
LLPは、さまざまな業種の企業が参画できるほか、行政の許認可が不要で設立手続きがシンプルなので、中小企業の障害者雇用を促す効果が期待されています。


②「在宅就業障害者支援制度」の要件緩和

「在宅就業障害者支援制度」は、企業が、在宅で働く障害者に仕事を発注した場合、その企業に、納付金制度からお金を支給する制度です。次の2タイプがあります。

・企業が直接、在宅障害者へ仕事を発注する。
・企業が「在宅就業支援団体」に仕事を発注し、「在宅就業支援団体」が在宅障害者へ仕事 の提供や対価の支払い、支援を行う。

「在宅就業支援団体」になるには、「常時10人以上の在宅障害者に継続的に支援を行う」などの登録要件を満たす必要があります。法改正で、「10人」を「5人」へ引き下げるなど、要件緩和が行われます。

【7.多数の附帯決議】

「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律」には、国会で附帯決議が付きました。その数は、衆議院30項目、参議院35項目にものぼります。

附帯決議には、法的な効力はありません。しかし、政府が改正法を実行するにあたって、国会から「たくさんの注文」がついたことになります。課題山積の状態と言えるでしょう。

附帯決議の中で、障害者の雇用にかかわるものは、以下の項目です。
<重度障害者関係>
・職場での介護や通勤の介護について、福祉と雇用の連携を改善する
・職場における支援のための助成金について、利用が低調な理由を分析し改善する
<難病患者関係>
・難病患者など障害者手帳を取得できない人の就労支援について対策を行う
・難病患者の就労状況を把握し、治療しながら就労できる環境を創出する
・病気休暇等の普及を促進する
・障害者雇用率制度における取扱いを検討し、事業主へ啓発する
<その他>
・除外率制度の廃止に向け取り組む
・障害者雇用代行ビジネスを利用しないよう、事業主に周知、指導する
ほとんどの項目が、「雇用の質の向上」にかかわるものです。国会=政治も、「障害者雇用の質の改善が急務」と考えていることがうかがえます。

【8.障害者雇用代行ビジネスの急増】

附帯決議の中で、とりわけ目立つのが、「障害者雇用代行ビジネスを利用しないよう、事業主に周知、指導する」という項目です。

附帯決議では、障害者雇用代行ビジネスについて、以下のように定義しています。

「事業主が、単に雇用率の達成のみを目的として雇用主に代わって障害者に職場や業務を提供するいわゆる障害者雇用代行ビジネス」

この障害者雇用代行ビジネスは、「雇用の質」の観点から、近年、問題視されています。2023(令和5)年1月には、新聞などメディアが批判的に報道し、厚生労働省も対策を検討中です。

障害者雇用代行ビジネスは、おおまかに次の図のようなイメージです。
企業が障害者を雇うには、少なくとも

・働きたい障害者を見つける
・その障害者に適した仕事を提供する
・仕事の指導や支援を行う

が企業に求められます。

これらのノウハウがない企業も多いです。しかし、企業は、法定雇用数を満たさなければ、「納付金」を国に納めなければなりません。企業イメージも悪化します。
そこで、自社では難しい障害者雇用を、代行業者に料金を支払ってまかせる企業が出てくるのです。

雇用代行業者は、企業に農園を貸し出し、そこで障害者が農作業を行います。
障害者を雇って賃金を支払うのは、あくまでも企業であり、代行業者ではありません。

共同通信の報道によると、十数の代行業者が、首都圏、愛知県、大阪府、九州などの85か所で代行ビジネスを展開し、利用している企業は約800社、約5,000人の障害者が働いています。複数の有名大手企業も利用しているということです。

しかし、障害者雇用とは本来、企業が自社の業務に必要な障害者を採用し、自社の戦力として働き続けられるよう、その能力を育てていくことです。まさに、「雇用の質」が肝要なのです。

雇用代行ビジネスは、「雇用の質」を重視する障害者雇用の理念からずれている……。国会もそう考えたからこそ、附帯決議に盛り込んだのでしょう。

雇用代行ビジネスについては、厚生労働省がどのような対策を講じるのか、注視していく必要があります。

【8.法定雇用率の引き上げ】

今回の法改正とは別に、法定雇用率の段階的な引き上げも予定されています。
障害者雇用促進法では、少なくとも5年ごとに、法定雇用率を見直すよう定められているからです。

引き上げは、次のような予定となっています。
また、2025(令和7)年4月に、「除外率」を10ポイント引き下げます。

法定雇用率の引き上げや、除外率の引き下げにより、厚生労働省は引き続き、障害者の雇用の「数」も増やしていく方針です。

【9.まとめ】

ここまで書いてきたように、企業はこれまで以上に、障害者雇用の「数と質」の両方が求められています。

政府がまもなく取りまとめる「障害者雇用対策基本方針」「障害者活躍推進計画作成指針」の改正にも、その方針が反映されます。

こうした流れを受けて、とりわけ障害者雇用の「質」について、社会の関心がいっそう高まっていくにちがいありません。

障害者雇用に関して、企業は以下のように分類されると思います。

①法定雇用率を満たしていない
②法定雇用率を満たしている
③法定雇用率を満たし、雇用の質も高い

そして、①は「論外」、②は「当然」、③こそが「真の優良企業」……と社会は評価するようになるでしょう。「法定雇用率を満たせばよい」という発想からは、一刻も早く脱却しなければなりません。

そして、雇った障害者を、他の従業員と同じ「働く仲間」として、そして「貴重な戦力」として育てていく必要があるのです。

障害者雇用の質を高めることは、貴社の社会的存在価値を高めることにつながります。ぜひ、積極的にチャレンジしてください。
<プロフィル>

安田武晴
特定社会保険労務士、労働時間適正管理者
1969年、東京生まれ。
大学卒業後、読売新聞の記者として、高齢者介護、障害者支援、公的年金などを取材。2013年、「取材・執筆に必要な知識を増やそう」と勉強し、社会保険労務士の国家試験に合格。2020年4月に独立し、東京・西荻窪に「社会保険労務士事務所オフィスオメガ」を開業した。
▽介護・障害事業所の「処遇改善加算」サポート
▽「メリハリのある職場づくり」のための就業規則作成
▽労務リスクを減らす「労働時間管理」アドバイス
に力を入れている。
ご相談は無料です。まずはお気軽にご連絡ください。障がい者雇用に関するご相談メール info@fvp.co.jp
電話 03-5577-6913
お問い合わせフォーム https://www.fvp.co.jp/contact/
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