精神・発達障害者の雇用を成功させる 「業務切り出し」のポイントとは?
はじめに
精神・発達障害者を雇用する際に最も重要なのは、「業務の切り出し」です。しかし、企業で実際に取り組もうとすると、進め方がわからず、難しいと感じる場合も多いようです。そこで、精神・発達障害者にマッチした業務の切り出しについて、基本的なポイントを紹介します。
1.精神障害者の雇用数が延びている障害者雇用の現状
本題に入る前に、障害者の採用市場について簡単に紹介します。まず、全国の民間企業の障害者雇用数ですが、令和5年6月1日時点で、身体障害者36万157.5人、知的障害者15万1722.5人、精神障害者13万298人です。法定雇用率は現在2.3%ですが、実雇用率は2.33%と史上初めて実雇用率が法定雇用率を上回りました。
出典:厚生労働省 令和5年 障害者雇用状況の集計結果
割合としては、身体障害者が全体の59.1%を占めていますが、注目すべきは伸び率です。身体障害者の伸び率は対前年比でプラス0.7%。知的障害者はプラス3.6%、精神・発達障害者はプラス18.7%です。この精神・障害者の増加傾向は、平成30年に精神障害者の雇用が実質的に義務化されたことに伴うものです。
身体障害者については、既に働ける身体障害者は就職している、また医療や労働環境の発展によって、身体障害者自体が減っていると考えられます。知的障害者については、一定の数は常に存在しますが、その数が大きく変動することはないと考えられます。
次に、障害者側の視点から、全国のハローワークの新規求職申込件数のグラフを見ます。下は平成24年度、右は10年後の令和4年度を比較したグラフです。全体の申込件数は、平成24年度が16万1941件、令和4年度は23万3434件。約7万件、44%増加しています。障害種別で見ると、平成24年度は身体障害者が42.5%、精神障害者が35.4%ですが、令和4年度は精神障害者が52.9%、身体障害者が24.9%。比率が逆転し、精神障害者の割合が5割以上になりました。
法定雇用率は現状の2.3%から、令和6年4月には2.5%、令和8年7月には2.7%へと段階的に引き上げられます。令和4年の法定雇用障害者数の算定基礎となる労働者数は約2700万人です。したがって、0.4ポイント引き上げられると、単純計算では、約10万8000人分の採用の必要性が発生するのです。
このことから、採用市場が非常にタイトになることが想像できます。採用市場がタイトになり、市場における精神障害者の割合が大きく増加している環境で、企業にとって、精神障害者の雇用促進は重要度を増していると言えるでしょう。
2.職場全体の生産性を高める意識で進める
しかし、実際に精神障害者を雇用するには、様々なハードルがあります。例えば、そもそも、精神障害のある社員を雇い、業務を任せるのが不安であるという意見をよく聞きます。また、精神障害者を受け入れる部署によっては、専門的なスキルや一定の知識が必要となること、デジタルトランスフォーメーション(DX)を進めていて、障害者に向いた補助的な業務が減っている実態もあるようです。
重要なのは、障害のある方々にも「戦力として活躍していただく」ことです。これは障害者に限った話ではなく、人口減少が進んでいる日本の現状においては、人的資本が一層貴重なものになっていくと考えられます。
障害者にやってもらわなくてもいい仕事、障害者、健常者のどちらがやってもいい仕事を用意するのでは、障害者に戦力として活躍してもらうことは困難です。
そうではなく、「本来やるべきだが手がつけられていない業務」、あるいは、「社員が時間外で行っている業務」などを障害者に担ってもらうことで、業務改善につなげ、会社全体の生産性を高める。これが、企業の選択として非常に合理的であると考えます。
その際に、障害の特性ゆえに得意不得意が顕著に表れやすいので、得意な業務で貢献してもらうことを考慮に入れる必要があります。
3.押さえておきたい業務切り出し3つポイント
では、どのように業務の切り出しを進めればよいのでしょうか。一般管理部門を中心とした部署を念頭において説明します。
まず、業務切り出しに当たって押さえておくべきポイントについて説明します。障害者の仕事を確保する上では、仕事の質、仕事の量、そして雇用管理のしやすさ、この三つの視点から検討する必要があります。
押さえておくべき3つのポイント
1.仕事の質
2.仕事の量
3.雇用管理のしやすさ
1.仕事の質
仕事の質については、一般的には、手順が明確で、臨機応変な判断を必要としない業務が候補として考えられます。
具体的には、書類のPDF化、契約書の押印漏れのチェック、顧客資料のファイリング、
伝票と領収書の照合などがあげられます。
別の視点では、本当はやるべきだができていない業務、社員が時間外に行っている業務、または高い人件費でやらなくても良い作業などが想定されます。
具体的には、コピー機やプリンターに用紙を補充する、廃棄書類のシュレッダー、領収書の仕分け、使用後の会議室の消毒などがあげられます
2.仕事の量
二つ目としてこのような業務はどこの職場にもありますが、それが一定量あるか、という点に留意しなければなりません。具体的には、1人の障害者社員が、毎日最低2~3時間くらいのまとまった時間従事できる仕事があるか、ということです。
これをコア業務、またはルーティン業務と呼んでいますが、その仕事を確保することが重要なポイントです。
コア業務(またはルーティン業務)があることは、障害のある社員が主体的に業務に取り組むこともできますし、マネジメント効率をあげる視点でも効果的です。
特定の季節のみ発生する仕事、量的には少ないが精神障害のある社員の適性を発揮してもらいやすい仕事などもピックアップし、それらを整理していきます。これらをスポット業務といいます。
コア業務(またはルーティン業務)とスポット業務を併せて、雇い入れる精神障害のある社員の労働時間に相当する仕事の量が確保できるかどうかを検討します。
一部署での切り出しが困難な場合は、複数の部署から切り出していくこともよいでしょう。
3.雇用管理のしやすさ
三つ目は、マネジメント面です。複数部署から様々な業務を切り出す場合、指導担当者にとって専門外の業務も考えられます。
将来的にはどんどん多様な仕事に取り組んでもらうわけですが、当初は、基本的には、指導担当者が指導できる業務内容であるかどうかも、留意すべきポイントです。
4.業務切り出しの5つのステップ
(1)雇用管理のスタイルの検討
はじめに雇用管理のスタイルを検討し、決定します。
精神障害のある社員の雇用管理の形は、部門配置型と集中雇用型の2つのタイプがあります。
部門配置型は、障害者社員を特定の部署に配置し、その部署の仕事を担当させるものです。例えば、人事部に配属し、人事関連の仕事を担当させるというものです。部署内でマネジメント担当者を決め、雇用管理を行う形式です。
一方、集中雇用型は、障害者社員複数人でグループを構成し、マネジメント担当者が雇用管理を行う形式です。
部門配置型の場合、特定の部署内で仕事の質・量を確保できるかがポイントです。また、専任のマネジメント担当者を配置することは困難ですので、兼任での配置となります。
集中雇用型の場合、スペースと専任マネジメント担当者を確保することが必要となります。
(2)関係者のへの依頼
業務を切り出す部署が決まったら、その部署に依頼を行います。
依頼の際には、会社全体として障害者雇用を推進する目的や、業務切り出しの目的・趣旨をしっかり伝えてください。そのための説明の機会を設けることが推奨されます。
説明の際には、自社の障害者雇用状況、必要な雇用数、現状の雇用数、今後の法定雇用率の引き上げなどを踏まえ、全社として障害者雇用を進めていく必要性があることを説明するとよいでしょうもも考慮する必要があります。
ただ、障害者に仕事を任せることに抵抗感を持つ人もいるかもしれません。そのため、未完成の業務や、時間がかかる業務について補足説明を行うことが有効です。
さらに、障害者の特性や配慮についての説明を行い理解を得ることで、仕事を任せることに対する考え方を変えられます。
また、実務担当者だけでなく、上長にも説明の機会を設けることが重要です。部署全体で取り組むことで、デジタルトランスフォーメーション(DX)やペーパーレス化に伴い、今後発生する可能性のある候補業務を見つけ出すことができます。
(3)候補業務の棚卸を行う
次に、各部署の担当者に業務の候補を挙げてもらいます。
依頼する際には、情報収集シートを使用します。シートは、業務の内容、業務量、頻度、備考という構成になっています。仕事の量については、まず毎日発生する業務なのか、週や月の単位で発生する業務なのか、その頻度と、発生した際の作業量を記入してもらいます。
部門別情報収集シート
作業時間については、新人が取り組んだ場合を基準に記入してもらってください。仕事の質と雇用管理のしやすさについては、使用するツールや機材を書いてもらいます。主に、パソコンの使用が必要かどうか、必要な場合、どのソフトウェアを使うか、例えば、パワーポイント、Excel、Wordなどを具体的に書いてもらいましょう。
一般的なソフトウェアであれば問題ありませんが、独自のツールやシステムを多く使う場合、障害のある方々が初期段階で業務に慣れるのが難しくなります。マネジメントする側の指導の負担も考慮する必要があります。
重要なのは、各部署の担当者に可能な限り多くの業務をリストアップしてもらうことです。
(4)候補業務の確認と業務の選定
集められた候補業務について、シートの情報を基に、各部署の担当者にヒアリングを行います。
特にしっかり確認すべきことは業務の質で、シートだけでは判断が難しい情報を収集し、精査します。
業務の手順が明確で、判断が不要なものであれば、業務を分解し、一部を切り出すこともできます。例えば、経理の請求書発行業務の場合、請求書の作成自体は、判断すべきことが多く難しくても、作成後のダブルチェックや郵送準備は、候補業務となることが一般的です。
また、同じ業務でも切り出し方によって判断が不要となるケースもあります。さらに、手順が明確でマニュアルがある場合、それをベースに活用することもできます。最も業務を知っているのはヒアリング先の担当者なので、その方に手順を教えてもらいながら、マニュアル化が可能かどうか検討してみてください。
対応が多岐にわたる業務は、手順を標準化できないため、切り出しは困難と判断されることが多いです。また、納期が短い業務は、雇用管理の難しさや、障害者が業務に慣れるまでに要する時間を考えると、不向きな業務と考えられます。
ただし、ステップアップ後の業務として検討可能な場合もあるので、依頼の際には、上長を含め、部署全体で進めることを提案してください。集まった候補業務が、将来も継続性があるものか、ない場合はどの業務に置き換えられるか、また、今後発生する可能性のある業務はないか、部署全体でヒアリングができるとよいでしょう。
(5)職務設計
情報収集シートに基づきヒアリングが完了したら、仕事の組み立てを検討します。
重要なのは、核となる仕事、すなわちコア業務を中心に組み立てることです。コア業務とは、2時間から3時間程度のボリュームのある仕事で、可能であれば毎日ある仕事、または曜日固定で行える仕事と考えられます。フルタイム勤務であれば、午前と午後に2時間から3時間ずつコア業務を当てはめるとよいです。障害のある方々の働きやすさが向上し、業務管理側の負担も軽減されるメリットがあります。
結果的に、これにより生産性が高まります。また、図で示した右側のスケジュールでは、昼休憩の後に作業系の仕事を配置しています。これは、お昼の眠くなりやすい時間帯に体を少し動かす仕事を入れることで、集中力を維持する意図があります。
5.まとめ
ここまで、業務切り出しの重要性について説明しました。業務の切り出しは、障害者も貴重な人材として活躍してもらう視点から行うことが欠かせません。
また、障害者が働きやすく、企業側も雇用管理体制を整えやすい業務からスタートすることで、障害のある方々が力を発揮しやすい環境を作ることができます。
障害者に担当してもらう業務は、初期業務とステップアップ後の業務に整理することが適切です。
これにより、業務の幅を広げ、会社全体の生産性を高めることができます。
精神・発達障害者雇用の成功事例レポート
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